Novel:06 それは至極当然のように『疑点』 5/6

「やった……のか?」
 息を荒くしてミルドが呟く。
 地面から剣を抜いてジルは魔物の方へと近づいた。
 倒れた魔物からは完全に生命の気配が失われている。
 恐らくこの魔物がリーダー格だったのだろう。倒されたのを見るや他の魔物達が次々と逃げるようにして森の方へと入って行く姿が見えた。
 その後ろを付けるように緑色の鳥が追いかけていく姿が見えた。
 ジルは笑って頷く。
「森を狩るのは必要だろうが、これで仕舞だよ。被害が少なければいいが」
「あの……私、救援に行ってきます」
 少女は頭を下げて一団に向かって駆けていく。彼女は大きな二つの鎌を持った少女と合流すると彼らの中に紛れていく。
 ジルはちらりと笑う。
「……礼を言い損ねたな。かの娘御には随分と世話になったから」
「リフィルの事か?」
「それが彼女の名前かね?」
「あんた、名前も知らずに一緒に戦っていたのか」
「名乗っている暇などなかったからね。それに、君の名前も彼女の口から聞いたようなものだよ、ミルド」
「あ……」
 そこで初めて自分が名乗っていなかった事に気付いたのだろう。少年は小さく声を漏らした。
 ジルは剣をしまい向き直り礼の形を取る。
「改めて礼を言おう剣士殿、おかげで助かった」
「あ、いや……俺は別に……」
 照れたような、褒められるような事はしていないと謙遜するような素振りで彼は視線を外した。
 彼にとって街を襲う魔物と戦うというのは当然だったのだろう。
 素直に好感の持てる相手だ。
 ミルドは話題を変えるように言う。
「そ、それにしても何でこんな魔物が街を襲ったんだ?」
「知れ者が術を使い襲わせたのだろう」
 ぴくり、とミルドの顔つきが変わる。
 顔色に鋭いものが混じる。
「襲わせた?」
 ジルは無言で魔物の方を示した。
 不意に変化を始めた魔物の死体にミルドは驚いた様子で、剣に手をかける。
 妙な光を帯びた魔物は徐々にその身体を縮ませていく。みるみる小さくなっていった魔物は人の子供ほどの大きさになるとそれ以上の変化を止めた。
「な、何だ? ……魔物の子供?」
「術で巨大化し無理矢理街を襲わせたのだろうね」
「無理矢理襲わせた? それってまさか魔王……」
「さぁ、調べなければ分からぬが」
 遮るようにジルは言葉を続ける。
「推測でその名は出さぬ方がいいよ」
 ジルは魔物の子に触れる。
 頬の辺りにガラスの砂粒のようなものが残っている。やはりあの魔法陣を描いた人物と魔物を使って街を襲わせた人物とは同じようだった。
 何故街を襲わせたのだろう。
 この街に何かあるのか、あるいはどの街でも同じなのか。この街を襲わせることで何かから目を逸らさせるつもりなのか。
 まだ分からないことが多すぎて判断が付かなかった。
 不意に、頭の中にウグイスの声が響く。
『ジル、申し訳ありません。気取られ、術師に逃げられました。仲間に声をかけて追わせますか?』
(いや、深追いの必要はない)
『分かりました。……ジル、フィーナが来ますよ』
「おや、早かったようだね」
「ん? 何だって?」
 つい口に出してしまった言葉にミルドが反応する。ウグイスの声は彼には聞こえていない。ジルの言葉は独り言のようにも聞こえただろう。
「何でもないよ」
 ジルは柔らかく微笑む。
 ややあって、少女が駆けてくる姿が見えた。
 翼の少女ではなくもう少し幼い子供。年の頃十、二つに分けて結った髪の毛がふわふわと揺れている。身の丈ほどの大きな杖を抱えながら駆けてくる少女は、ジルの姿を認めるなり満面の笑顔を浮かべた。
「あ、ししょー、見つけましたですよ!」
 飛びかかりそうな勢いで駆けてくる少女に戸惑ったようにミルドが不思議そうな視線をジルに送る。
「師匠?」
 師と呼ばれるにはまだ年若く見えるのだろう。魔剣士として名を馳せている「不死身のジル」は魔法使いとしての印象は薄い。魔導士姿の少女に師と呼ばれる姿は些か奇異に映ったのだろう。
 ジルは何かを誤魔化すように曖昧な笑みを浮かべる。
 少女がジルの腰元に飛びついた。
「つかまえたですよ、ししょー」
「やれやれ、追いかけっこをしていた訳ではないよ、フィーナ」
 微笑んで髪を撫でると少女が嬉しそうに笑う。言葉こそ呆れた様子だったが、ジルの声音は優しい。
 正式な弟子というわけではないが、自分のことを「ししょー」と呼び振り払われても追いかけてくる少女を愛おしく思っている。
「その子は?」
「ああ、私の家で預かっている娘でフィーナという。フィー、彼は先刻共に戦った仲間のミルドという」
「ミルドさんですね! こんにちはです」
「ああ、こんにちは」
 ミルドはフィーナと目線を合わせるように少しかがんで挨拶をする。そのままの体勢で彼はジルを見上げた。
「あんたの弟子なのか?」
「いや、それはこの子が勝手に言っているだけだよ」
「違います、ししょーはわたしのししょーなのです!」
 少女は不満そうに頬を膨らませる。
 その姿が可愛くて覚えず笑みを零した。とたん、彼女の顔にも再び笑顔が戻る。ころころと表情が変わる姿はシウ家に来たばかりではとても想像がつかないだろう。純真で真っ直ぐな少女。才能に恵まれ、言葉を良く聞き理解する聡明な子だ。
 だが弟子にするにはまだ少し早い。
「ああ、そろそろ日が暮れるな」
「そうだね。ミルドはもう宿はとったのかね?」
「あ、いや……あんた追いかけるのに夢中で。仲間がとっていてくれたら別だけど……」
「? 追いかけっこしていたですか?」
 不思議そうに問いかけるフィーナにジルは悪戯っぽく笑う。
「そうだよ、彼は‘不死身のジル’を追いかけて来たのだよ」
 ぱっと彼女の表情が華やぐ。
「ししょーのファンなんですね」
「え、違うよ。俺はただ、ジルと勝負をしたかっただけで。……あー、宿か、気が重い。ルミナスの事だから仲間置いて行くような奴は野宿でいいだろ、とか言い出すんだろうな。今から宿を探すのも大変だろうし」
 しまったな、と言う風にミルドは頭を掻いた。
 ジルはフィーナ抱き上げて言う。
「追い出されたらギルドに来るといいよ」
「ギルドへ?」
「ああ、二階の宿舎を借りている。一人ぐらい増えたところで問題は無いよ」

>>続く

終わり無き冒険へ!