Novel:06 それは至極当然のように『機転』 3/6

「それにしても……」
 ジルは荒くなった息を整えながら立ち止まる。
 魔物も少年も既に彼から随分と離れた位置にいる。
 ぜいぜいと肩で息をする彼は剣を支えにするようにへたり込んだ。
「なんという速さだ。……はぁ、しんどい」
 魔物はともかくそれを追いかける少年も相当な敏捷性があった。
 元々ジルの体力はないし、足も早い方ではない。普段は補助魔法や呪符の力を使って身体能力を強化していたが、今日に限って魔法による強化をしていない。
 体力に溢れ身のこなしの早い少年について行くのは少々困難だった。
 ジルは呪符を取り出しながら独り言のように呼びかける。
「ウグイス、居るかね?」
『これにあります』
 不意に上空から声が降る。
 舞い降りてきたのは一羽の美しい緑の翼を持った鳥。その鳥はやがて緑の髪を持った娘へと姿を変える。
 菫色の瞳を持った美しい娘だった。
「すまぬが街へ最短の道を示してくれ」
『はい、喜んで』
 少女は鳥に姿を変えると少年が魔物を追って進んでいった方とは別の方向へと向かって飛ぶ。
 それに続くように風の魔法で身を軽くしたジルが続く。空中を飛ぶようにしながら進むとすぐに街の入り口へと辿り着く。魔物の気配を察していたのかその辺りには街の人間の姿はほとんど無く、遠くで街の人間を避難させるために誘導する声が聞こえた。
「ウグイス、少年の補助を」
『はい』
 ばさり、と翼を広げ緑色の鳥は魔物の方へと一直線に飛んでいった。
 街の入り口付近には何人か傭兵や魔物狩りを生業とする戦士や魔法使いの姿があった。
 彼らは突然別方向からやってきた男を怪訝そうに見やったが、服装から旅の剣士と分かったのだろう、統制を取っているらしい筋肉質の男がすぐに声をかけてきた。
 垂れ目の男で細身ではあるがクマのような印象がある。右目は何故か閉じかけており、この辺りではあまり見かけない衣服を着ていた。
「その細腕で戦えるのか?」
 叫んでいるわけではないのに大きな声だった。
 ジルは苦笑する。
「自信が無ければ前線には来ぬよ。……少年が一人、食い止めに向かった。陣を張って捕らえる。少年への援護と他の魔物退治を頼みたい」
 男は無精髭を撫でながらジルを見る。
 何か値踏みをするかのような目つきだった。
 ジルは構わず金に輝く剣で地面に魔法陣を描き始める。
「突然入ってきて偉そうに言いやがる」
 ちらりとジルは男を見る。
 そこで初めて男が纏う奇妙な気配に気付く。まるで、魔物を身体の中で飼い慣らしているような奇妙な気配。
 それは閉じかけている右の瞳の周囲から強く感じる。
「……」
 ジルは一瞬陣を描く手を止める。
 男が少し怪訝そうにした。
「俺の顔に何かついているのか?」
「御仁よ、その瞳ではあれと交えぬ方がよろしかろう」
「……なんだと?」
「闇は闇を呼び混沌と成す。いかな呪を受けたかは分からぬが、それであれと交えるには荷が勝ちすぎる」
 男は厳しい表情で自分の右目に触れた。
 ジルの言葉に心当たりがあるのだろう。何故分かったのかと問うような瞳にジルは笑んで答える。
「私は闇の魔法を扱う者だ。故に異質の気配は嫌でも分かる。戦人にこんな事を言うのは忍びないが、ここは私に預けてはくれぬかね?」
 男は少し黙っていたが、やがて問うような目つきでジルを見据えた。
「やれるか」
「愚問だよ」
「ならば任せた。不甲斐ない戦い方すんじゃねぇぞ。……おい、おめぇら!」
 豪快に檄を飛ばしながら男は街を守るために集まった人々に指示し始める。
 ジルは再び魔法円に取りかかった。
 巨大な円陣に七芒星を描き記号のような文字を書き入れ始める。魔術師の何人かが近づいてくる。
 不思議そうに見やる者もあれば意図を察して感心したようにする者さえあった。
「おい、兄ちゃん、手伝えることはあるか?」
 四十代半ばくらいの男が問いかける。
 周囲を見渡すと既に幾人かの魔術師や異種族の者達が集まっていた。
「かの御仁の援護を。足の速い者は先に行って少し戦力を削って欲しい。それと……光の魔法を得意とする者は居るかね?」
「あ、あの……それなら私が……」
 おずおずと名乗り出たのは異種族の少女だった。
 ロッドを握りしめ、不安そうな表情をしている少女だったが、魔法の気配は強い。魔力が十分に高いのを感じた。
 白い翼は飾りだろうか、それとも本物だろうか。
 気配動揺に優しく、天使のような風だった。
「すまぬが手伝うてくれぬか」
「はい、あの、何を……」
「防御の応用で奴が踏み込んだ時に……」
 空に神聖文字を書きながら説明をすると少女は真剣な表情で見つめ頷く。
 争いを好まない印象の少女だったが、恐らく戦う事に関しては幾度と無く経験があるのだろう。
 説明をしていくと少女は的確に理解した様子で質問を返してくる。
 一通りの話を終えると少女は真摯な様子で頷いた。
「わかりました、やってみます」
「無理はせぬようにな」
「大丈夫です。私たちがやらなければ多くの人が傷つくかも知れないんです。だから……やれます」
 強い言葉だった。
 見かけはか弱そうに見えるが、心の奥には強いものがある。
 ジルは頷いて魔法陣に力を加える為に呪文を唱え始める。
 戦う声が聞こえる位の距離に魔物が迫って来始めていた。

>>続く

終わり無き冒険へ!