Novel:01 『爪先』 1/2

 四角が好き。六角形も良い。八角形も悪くはない。だがそれ以上は許さない。これ以上、円に近づいてはいけない。
 三角形は、とても罪深い。
 つめの先に詰まってしまった垢を見つめる。とても汚い老廃物、生きるため積み上げていく時間の象徴。コレが出ていかないということは生きてないということ。愛さなければ。
 まぶたが上に上がることを拒んでいる。首が重い。関節が痛む。鼻から吸われる空気がいつもと違う味がする。いやある意味ではいつもの匂いと言えなくもない。
 四角い部屋、四角い窓、四角いベッドの上、こんなにも素敵な空間でただ一つ、しいだけが角ばれないで困っていた。糸の切れた人形のようにぐったりとした体を、ベッドの上で壁に預け、数をひたすら数えていた。
 時刻は午前9時9分42秒、現在も進行中。昨日の売り上げ3万飛んで52、今回この町までの護衛を依頼した際のお駄賃のよくわからない道具、元手タダ。昨日歩いた歩数4万5328歩。今朝ちあがしいに笑いかけてきた回数、わからない。部屋の角の数・・・。
 次は心臓の鼓動の回数でも数えようか。
 そのほうがよく眠れる。



 ずるり、と壁から体が崩れた衝撃で目を覚ました。感度の悪い視界には右手のつめ。やはり汚い。
 それと修飾する言葉の見つからない赤。
 その顔は白い。
 『誰』
 朦朧とした意識は自分が今居る土地のこと忘れたらしく、母国語の言葉が口からこぼれた。
 誰かであるそれはしいの望みもわからず肩を掴んで強くはない力でゆする。
 「おい・・・、おいおい。大丈夫かよ死んでない?死んでないよな」
 いい加減焦点も合ってきた目が、やっとそれが誰であるか理解した。紫がかった青の瞳が不安げにゆれる。名前は、なんだっただろう。
 仲が良かった気がする。ちあと、だろうか。いや自分とだ。同年代の他人にここまで仲良く振舞われたことがないと、思えるくらいに親しくさせてもらっている。
 「アサオさん・・・うるさい、いね」
 しいが乾いた唇を動かして声をひねり出すと、アオサは心配していた気色を吹き飛ばし顔中で安堵を表現した。その顔はものの数秒待たずにおふざけの範囲内での不機嫌に塗り替えられる。
 「うっわ、開口一番なんかひどッ。人が心配して窓から侵入したっていうのに」
 言われてしいは窓のほうへ視線を移した。開け放たれた窓からレースのカーテンが飛び立とうともがいている。
 「かかってない、ドアの鍵」
 宿の一室だが、鍵はちあに預けてある。だがさすがに無用心過ぎたと後悔していたところでこの様とは。内心ため息をついた。目の前にいる赤い人物こそ最も注意しなければならない存在ではないのか。
 「いやいやいや、そうじゃない。オレは早朝の挨拶を済ませるべく隣の部屋の窓から壁を伝ってこちらの窓を覗き込んだんだ、まあなんてったって3階だからな。ちょっとの無茶は覚悟していたさ。こういうアホな冒険するときのオレの手の滑りやすさは異常だからな、そして奇跡的に2メートル満たない距離をわたりきりいっ君の驚く顔が見れると思って、聖女のような微笑を浮かべて窓枠に必死でしがみつきながら手をふろうとしたところ、ベッドの上にいっ君の死体が座ってるんだぜ、しゃれになんねえよ。いや、またこの窓を開けるのが大変で、鍵はかかってないのが不幸中の幸いだったが、掴むところの少ない窓のへりを今までこんなに頑張ったことないくらいの力で掴んで、・・・そういやこの頃くらいからオレの足元が騒がしくなってたな。『女の子が窓から落ちそう』だとかなんとか」
 「黙るか、今から落ちるかして欲しい」
 うやむやにされそうだが、どうして窓から、早朝とは言いがたい時間帯に挨拶をしようと思ったのか。ああ、驚かせようとしたのか。だが早朝ではないという間違いが正されることはない。
 「黙らないし落ちもしない。だってアサオだもの」
 下唇に指を当て、左上のほうへ視線を流した。その様子は胡散臭い女の子そのもので、彼がどんな人物か理解していると腹が立つことも忘れて呆れのため息が暴発してしまう。その後快活な少年のような顔で笑うのだから始末に終えない。
 「おう。そうだ、大丈夫か。具合でも悪いのか?もう完全にこときれてるかと思ったぞ、ゆする前に起きれば泣きそうなオレが見れたのにもったいないな」
 もう、お前の名前はアサオじゃなくてアオサだろ。と言うタイミングを失ってしまった。
 「か・・・ぜ」
 「髪の毛が美しすぎるぜ?の略か?何をいまさら、オレのキューティクルは時に太陽光を反射させ焦点の黒いものを焼くことがある」
 何を言っているのだろうか。頭の中にいろいろ湧いてしまったのだろう。
 「風邪だ。アホ。頭に殺虫剤まいて退治しようか」
 「風邪?風邪だったらベッドの上に座るんじゃなくて寝てろ!」
 言いながらアオサはしいの体の下の布団を引っ張り出し乱暴に被せた。風圧で少しむせるとハッとした顔をしてからうやうやしく布団を正す。後半に吐いた悪態は聞こえなかったらしい。
 少し怒った様子でベッドの頭のほうに、しいに後頭部をを向け、どかりと座った。
 出て行くわけでもないその姿をぼんやりと眺める、悪くはない沈黙が宙を舞う。
 気を失う前ならもうぐっすり寝ていただろうが、残念ながらもう眠くはない。この沈黙を破ってみる事にした。
 「出ろよ。アサオさん、しいが保有してる風邪がうつる」
 暇と言えば暇なのだがこのままアオサに居座られても少々困る。
 「出ない。いっ君が寝るまで意地でも出ない。あーちゃんはどこ行った?」
 まさか、しいが風邪を引いているのに部屋に居ない妹へ非難しているつもりはないだろうがやはり聞いておかないと気がすまないのか。
 「ちあには、風邪を引いたことを話していない。友達が出来たんだ、ちあに。その子のところにいる」
 アオサは、そうか。と小さくつぶやいてから少し下を向いた。何を考えているのか。それにしても感情の表現の起伏が激しい。
 「今まで・・・あれには友と呼べるような仲になれた人物が居なかった。旅、旅、旅で出会ってすぐ分かれるから・・・。長話、してよいか」
 普段からは大人しくしていないアオサとばかり付き合ってきたからか、今の少し静かな彼に気をよくしてしまった。
 頭痛もない、喉が痛いわけでもないから喋るのに支障はない、熱で火照る体が何か伝えたくてしょうがなくなっているようだ。
 少し昔を振り返るのも悪くない。そう思ったとき、視線はうなずいたアオサの赤い頭のてっぺん、を通り過ぎた先、小さな額にはめられた田園の絵に向かった。別に過去とは関係ないけど。
 しいは目をつぶったり開けたりしながらゆっくり口を動かす。
 「知ってるな、魔道実験まがいのことをされてたこと、親父に。ほとんどは薬品の投与だった。傍から見たらただの医療行為に思えるだろう。3日置きにデータ採取、魔道の研究、あの親父のはほとんどが数値化されていた。単純な加算式はしいに求められた。・・・あの頃は世の中が数字で出来てると思っていた。しいが死んだらちあを対象に続行されると思った、えぇと実験は」
 アオサは少しうつむき加減に聞いている。こちらからでは顔がうかがえないので寝ているんじゃないかと疑ってしまいそうになるが、起きていることはわかっている。
 普段のアオサの振る舞いならば、親父の行為を力強く非難しそうだが、彼はそれができないでいた。

窓から差し込む日の光が、床でのたうつアオサの髪を照らした。天井や壁にうっすら光の線が反射している。
 「しいはある時風邪を引いた。とても苦しかった。母が村一番の優秀な祈祷師を連れてきた。いわゆる奇跡の力での治療を試みたのだ。開始された、光に包まれたのだが、祈祷師は首をかしげた。しいの体には何の変化も起こらない、依然として下がらない熱。視界の端で親父がにやける口をこらえるのが見えた。そこからは覚えていない。親父の研究のための道具が一つ完成した瞬間だったのだろう。非科学の存在に絶大な抵抗力を得た。親父の研究の主題、空間魔術。まるで建築家のような響きだな、親父の作った空間は不完全すぎて中に入るには完璧な耐性がないと融けて消えてしまう。・・・抵抗力を得た代償に免疫力が低下した。しいの体は日常生活を送るにあたってかなり弱くなってしまった」
 目を閉じてからゆっくり開くと後ろを向いていたアオサがしいの顔を覗き込んでいた。籠手、ではないが青いそれから出る指先がしいの頬に触れた。爪の先はぼろぼろで割れたりひびが入っている、手のひらには刃物が貫通したような跡が見られた、顔面の少女のような雰囲気とこの手が同じ人間のものとは思えない。
 「だからいっ君はそんなに弱いのか」
 傷跡だらけの指が汗で張り付いた黒い髪を掻き分け、隠れた目をあらわにさせる。
 「やめれ」
 抗議の声もむなしく、アオサは顔にかかる前髪全部横に後ろにまとめてしまった。恥ずかしいくらい彼の顔がよく見える。
 今までの話を聞いていなかったようにアオサの表情には哀れみの色は浮いていなかった。それどころか少し嬉しそうにも見える。変な色の瞳はいつものように輝いていた。
 「オレさ、・・・いや。野暮っぽいからいいや。それよりどうしていっ君は顔を隠すんだ?」
 ベッドの端にあごを乗せながら言う。中々すわりのいい場所が見当たらないらしくそわそわ動いている。
 「野暮の話、後で話せ。先に質問に答える」
 腕を枕にすることで落ち着いたようで、ニッコリ笑って「答えないと思った」と言った。そう言われると言いたくなくなるのはとても不思議な現象だ。が、言った手前破れない。
 「この顔面の各パーツの作り、配置は親父と酷似している。髪の色こそ違えど、成長したしいはまるで親父と同一人物になるとまで言われている」
 しいの言葉を聴いてから、ゆっくりとアオサは目を見開く。あまった左腕を伸ばして「へえー、ふうーん。そういうもんなんだー」などとつぶやきながらしいの頬をつねって引き伸ばしたり白目を確認したりしてきた。
 「いっ君はやじさんとそっくりな顔がいやだから顔を隠すのか?」
 違う。と即答しそうになった言葉を飲み込んで、その後味を噛み締めながら別の言葉をつむぎ出すことにした。いや、やじさんとは誰だ。なぜ最初の文字を消したがる。
 「・・・親父は罪を犯している」
 アオサの表情が曇る。これだけ聞けば、まるで犯罪者である父と同じ面を下げたまま世間を歩くのが嫌だからと、取られるだろう。大した違いではないが。
 「正義か?自分の子供を死の危険が付きまとう実験の対象に選ぶことは。人道的行為と言えるか?」
 本当はアサオにこんなことを聞きたくない。彼にとって困るだけの質問だ。
 「しいに意思はない。しゃれでもない。親父は世間一般的に罪にあたる行為をしている。・・・だけど、母に隠れて行っていた実験に、彼なりの正義があったとしたらどうだろう。歴史に残る研究のための犠牲として、泣く泣く自分の子供を糧にすることを選んでいたら。・・・ヤツにはスポンサーはおろか、研究仲間すら居ないから、使えるものは身内だけだから・・・本当は・・・!」
 傷跡だらけの左手がしいの顔を拭った。いつの間にか流れていた涙が指先からかすかに光っていた。
その涙を唇を噛みながらしばらく見つめた。嗚咽は出ないようだ。良かった、出てしまったら少しカッコ悪い。
 『親父は俺を、愛しているかな』
 出そうになった言葉をいくつか飲み込んで、感慨深くなったしいは母国語でつぶやいた。誰にも届かない言葉だ。
 その間、アサオはしいの額を優しく親指の腹でこするように撫でていた。まるでその動作は子供をあやす母のようだ、一体どこでこんなことを習ったのかと疑問に思う。
 「脱線したな。しいの顔は父の罪だ。この顔面こそが父としいの血の繋がりの証明で、それと同時に親父の罪を記した証。日の光は罪を暴く、明るみに出したくない、親父の罪も恥も」
 それを聞いたアオサの顔は、何か思うところがあったのか一瞬だけ苦そうに眉をひそめた。こんなこと言ったところで、親のないアサオにはわからないのだ。
 賊の中で幼い頃過ごしたと言っていた。アオサは弾むように歩く、その足取りとは裏腹に彼は鈍くさく、つめが甘いため物事を順序良くこなすことが出来る子供ではない。そんな彼が賊の中でどんな目にあってきただろう、いや例え悪事にかけて天性の才能を持っていたところで無力な子供が秩序のない世界でどんなものを見て育つというのか。その生い立ちは、しいに想像できるものではなかった。
 しいの眉をなぞるこの左手は一体何をされて、何を強いられてきたのか。
 「オレにはね。いっ君。やっぱりわっかんないわ、考えてもね。親ってなんだろ、居れば絶対幸せなもんだと思ってた。どう聞いても、いっ君がやじさんを恨まない理由がわからないの。オレだったら、恨んで憎んで全部投げ捨てて逃げ出してると思う。逃げられないなら、いつか寝首かいたれって画策してやんの、駄目かな。いっ君はえらいの?いっ君は変なの?」
 「アホ、知るか。親父にかく寝首なんて存在しない」
 きょとんとした表情は何も知らない幼い少女のようで、だがその腹の内はそうではないようだ。
 目を細めて優しく微笑んだ。今度は何もかも知った聖母になった。
 「やっぱりいっ君はえらい」
 目の前の頭の悪い友が何を根拠にそう言い出すのかわからないが、しいの耳や首はなぜか熱くなっていく。
 恥ずかしくなって、アオサの手を払いのけた。壁のほうへ寝返りを打って彼に背を向けると、背後から「えー」と短い抗議の声が聞こえてくる。が落ち着いたと思ったら、腰のほうの毛布が重く引っ張られる感覚があった。どうやらベッドに腰をかけているようだ。長く光沢のある灰色の髪がしいの足にわずかにかかっている。
 「なあなあなあなあ、オレの話。していい?いや拒否は許さない、まあ短いから聞けってこのやろう」
 「話せ。勝手に・・・いや野暮の話はいいのか」
 いまだ涙のにじむ目じりを乱暴にこすり、毛布で口を覆い、くぐもった声を出した。
 「ああ、もう言った。さっきの、あはー、何にしたってオレの話に大した具は入ってないんだって」
 「具の味は聞いてから評価してやるから、とっとと話せ」
 アオサは何やら足をぷらぷら動かしているらしく、それがベッドの板に当たり音を立てているのがしいは気に食わない、だが神経質と言われるほうが嫌なので黙っていることにした。
 「あれさ、あれ。大して問題じゃないけどさ、オレの頭って角みたいなむき出しの硬いなんかがあるだろ?帽子被ったり、赤いの被ったりしてるから結構知らないヤツ多いんだけどさー、コレのおかげでオレって獣人とかなんか色々なのの混血ってことにされてんだよー」
 帽子の中、こめかみの後ろの辺りに小さな切り株のような角が生えている。まるで切られたように見えるのだが、本人は切られた記憶はないという。断面には一般的な書物に記されている妖精の体に描かれた紋様のようなものが緑色に彫られている。この紋様こそが彼の出自をややこしいものにしているのだ。
 「嫌なのか?混ざってて」
 しいが言うと、アオサは不満そうに、腰から脇を手で押してきた。しいが何の反応も返さないとわかると、頭の赤いケープを乱暴にはずした。
 とさっ、と中に一応まとめられていた大部分の髪が外れて、掛け布団の上に落ちてきた。ものすごい量の髪だ。 
 「混ざってようがなんであろうが、オレはオレさ。いや、だからこそのオレなわけで。・・・ただ、賊ん中でさ、すげーひでーこと言われた。言われてた」
 次の言葉を待つ意味で、アオサのほうを軽く見ると、彼は自分の下唇をいじっていた。昔話をするときいつもやる癖だ。
 「オレのかーちゃんはさ、人間になんかこう、その・・・ひでえことされてオレを産むはめになって、いらなかったから戦場にうっちゃってきたんだって・・・。ずっと、ずーっとそう言われてきた、オレは混ざってて汚い存在だとかなんとか、禁忌がどうとか背徳がなんとか、背徳者はてめえらのほうだろっつの!オレに、・・・!」
 彼は言いかけた言葉を無理やり飲み込んだ。お互い言いたくないことはたくさんあるのだ。
 少し黙ってからアオサはまたつぶやき始めた。こんなに小さな声で話す姿は、今の彼の仲間は見たことがあるのだろうか。
 「まあ・・・、そのな。なあーんでオレのとーちゃんもかーちゃんも見たことないやつらに、そんなこと言われなきゃいけないのか、すっげーヤでさ。もしかしたら恋愛結婚しててさ、とーちゃん戦争にかりだされてさ住んでた村のほうにまで戦火にまみれてさ、オレのこと守ろうと思って家ん中隠したけど、かーちゃん兵に連れてかれてーってな感じだったのかもしれないだろ?」
 ちらっと答えを待つようにアオサは見てきたが、しいが何も答えないと不服そうに口を尖らせて、横になったしいの腰にのしかかってきた。重みでうつぶせ状態になり少し苦しくなる。風邪を引いていることはずいぶん前に忘れてくれたようだ。
 「おぼい、苦しい。どけ、どいてくれ」
 しいの背中にアサオは額をぐりぐりと押し付けてきた、布団越しといえどこの痛み、角の凹凸か。布団がなかったらこの行為はかなり危険だ。
 「修道女のお姉ちゃんたちもな、哀れむ目でオレを見たりしてた。混血とかの偏見が強い人が居るみたいで、その人から匿われてたんだ、こっそり聞いちゃった。人間は平等とかほざいてる割にはな、他の人間みたいで人間でないヤツのことはそれ以下だと思ってんのよな。そんで混ざってると思うともっとひどいの、アホくせぇ。お姉ちゃんたちは大好きだけど、教えには納得いかねえな」
 ふてくされてしいの背中の上に寝そべるように体を預ける。散らばった髪がしいの鼻先まできていた。
 アオサの髪が長いのは、元々長めだった髪を修道女たちがもてあそぶ際、褒めちぎっていたからだと言う。その時嬉しかったこともあり、切ろうとすると修道女たちの思い出も一緒に失くしてしまいそうで嫌なのだとか。彼の修道女たちへの執着は少々呆れるものがある。しいがそう思ってしまうのも、失くしたくない記憶は全て手元にあるせいだろう。
 「本当にな。馬鹿みたいな話だ」
 しいが喋ると、アオサは瞬間的に顔を上げ、「だろ?!」と大声を上げた。
 「実に馬鹿らしい。なんで混ざってて憎まれる。異種族との混血は愛されるべき新しい種だ。島ではそんなふうに蔑まれることなんてない。全く見知らぬどころか、違う血族同士が愛し合った素晴らしい結果なのに」
 少しばかり優れた皮膚感覚がアオサの心音を捉えた。大分早くなっているように聞こえる。再び彼はしいの背中に角を押し付けはじめる。ぎゅぅっと身の少ない腰を腕で抱きしめてきた。だんだんと彼の息が震えてくる。泣いているのか。
 「島にはあまり他の種族が居ないせいなのか、混血自体多くない。それでも我々は血が混ざることを恐れない。なぜなら、友好関係は他者との交わりからはじめること。友愛の心こそが美徳。他者を認めることで平和を求める権利を得る。島の誰の家にもある一つ目の家訓だ・・・」
 しばらく部屋の中にはアオサの嗚咽だけが響いた。しいまでなんとも悲しい気持ちになってくる。
 「ふぅ、うぐぅ・・・ッ、いいな!いっ君の故郷っていいな!」
 いきなり泣き声混じりの大声を出され、しいの心の琴線に触れたのか理由のわからない涙が沸いてきてしまった。
 「オレだって、って好きで身元不明やってんじゃ、ねえっての!と、ーちゃんもかーちゃんも欲しいに決まってんだろ!オレも・・・オレには・・・、んああー!」 
 伝えたい言葉ではなく、今まで溜まってきた言葉が溢れてきたのか。最後のほうには小さな子供のように大声で泣き出してしまった。
 むき出しの感情に触れてしまったしいは、わけもわからず流れ込んでくる思いに涙が溢れてしまってしょうがない。自分の頭の中には何もないのに、胸から沸き起こる、言葉では表せない感覚が激しい波を作る。自尊心に負けてしまったしいは波にまかせて一緒になって泣き出していた。
 四角い部屋の中で、まだ幼さの残る少年の声はよく響き、発育不良のしいの控えめな高音が宙を漂う。

>>続く

終わり無き冒険へ!