ハロウィンパーティ招待状から始まるそれぞれのサブストーリー

ミカノの場合「代替色の好奇心 02」

「さあ、成り行きで第二の主役が決まったことだし、早速次に取りかかろう」
一時の騒ぎが治まったところで、ティトレが指揮を取ることになった。
というより、率先してやり始めたと表現する方が正しい。
理知的なこの猫は、季節特有の催しを非常に愛している。
ミカノはまだ死霊への恐怖がなくなったわけではないが、アルの弁解とマスターの励まし、そしてユウシの静かな圧力により否定的な気持ちは大分解消された。
一方カミヤは特に何を言うまでもなく、事を静観していた。
何を考えているのかはあえて想像しないでおこう。
「行く者を決めた後は、服飾について話し合おうか」
手紙には『仮装パーティ』と書かれている。
ということは、無論のこと仮装をしなければならない。
「まずは仮装する本人からの意見を聞きたいのだが」
「ごめん……全っ然思いつかない。オレ、服は着る専門だし」
ミカノは肩をすくめた。
自分で意匠を凝らすなんてことはしたことがないし、きっと不可能だろう。
気がつくと、ティトレはミカノに生温かい視線を送っていた。
「実は私もそう思っていたところだ。作る側の美的感覚はあるように感じられないからな」
「あんまりズバッと言わないでくれるか? 傷つくから」
「気にするな。では何か意見がある者、遠慮せずに言ってくれ」
すると驚くべきことに、いつも催しに参加しようとしない人物が手を上げた。
「む、カミヤか? お前から意見を通すとは珍しい。槍でも降りそうだな」
ティトレは思いがけず目を丸くしたが、それからすぐ笑顔――猫としての表情である――に戻った。
カミヤはちょっとしたからかいには応じず、静かに前に進み出る。
「……ミカノに怪物的な要素は少ない。だが、周囲には要素を多く含む輩が多く存在している。零から作れなければ、一を寄せ集めて作り出すということが考えられる」
あのカミヤが、三文以上喋った。
普段は一言を聞く機会すら少ないというのに、非常に由々しき事態だ。
ミカノはあまりの希少さに半笑いになっていて、ユウシも多少面喰ったような顔をしている。
「……あ……うん、すごくいい考えだな、カミヤ。継ぎはぎってやつか」
「珍しいことは立て続けに起こるもんやな……悪いとは思わんが」
「この意見に反対の者はいるか? 自分は使うなという言葉でも質問でも構わないぞ」
ティトレはその場にいる者たちを見渡した。
反論が投げかけられる様子はないし、渋るような雰囲気も感じられない。
白猫は次なる課題を投げかけた。
「では衣装決めの本題に入る。大事なのは、誰の特徴をどのように使うかということだろう。それと解る各々の要素をそれらしく散りばめるべきだ。
 それにミカノ自身の要素も残すように。彼の特徴の一つは長い耳だが、それを他の者に明け渡してしまっては意味があるまい」
「その言い方、まるでオレが兎みたいだな……」
「元を殺さずに、かつなるべく個性を活かした形がいい、ということだね? わかったよ」
マスターは発言内容を要約できる程には理解した様子だ。
「ここで質問です。いいですか?」
アルがティトレに向かって手を振っている。
質問なら先ほど締め切ったはずだが、常識に囚われないのが彼女である。
ティトレは気にせずに返答した。
「何だ?」
「自分は何の変哲もないごく普通の人間なのですが、仮装には全く使われないのでしょうか。あと次兄も」
アルは自分とカミヤを見比べるように首を動かした。
二人は、色素や性格の特異性などを除けば、外見は共に変哲のない人間と言っても差し支えない。
「ふむ。それもそうだな」
「だったら服と髪型でええやろ。カミヤの上着は吸血鬼に見えんこともないし、アルの前髪はかなり独特やで」
机に頬杖をつきながら、ユウシがぶっきらぼうに言い放った。
どうでもいい、という態度ではなさそうだが、心なしか不満そうに見える。
「おー、いいなそれ。一度真似してみたかったんだ……で、どうして不機嫌なんだよ」
「ユウシはお前と特徴が似ているのだ。金髪碧眼しかり、服の色しかり」
「ってことは……使ってほしい、のか?」
恐る恐る訊ねてみると、ユウシはいっそう眉をひそめた。
「当然や。カミヤとアルが採用で、オレが不採用ならオレはお前を張り倒す」
「何でだよ!」
そこで怒られると思いきや、案外あっさりと肯定された。
理不尽だと思いたいが、弟や居候が使われて親が使われないというのも少し妙な話だから納得できない話でもない。
が、ティトレの言う通り、ユウシとミカノは特徴を挙げると共通点がそれなりにあるのだった。
張り倒されないためにも悩んでいると、マスターが再び救いの手を差し伸べてくれた。
「それなら、ユウシ君の身につけている装飾品はどうかな。使いがいがありそうだと思うけど」
「採用決定ですね。おめでとうございます」
「だから何でアルが決定するんだよ! 賛成だけど!」
「猫である私からは耳を授けよう」
「嫌だよ、せめて羽にしろよ! それにさっき耳は殺すなって言っただろ!」
「私は何がいいかな。それなりに色々な要素があるつもりだけど」
「マ、マスターは……確かに色々あって悩むな……」
「……ここにおる連中だけじゃ物足りん。他の奴らにも借りるか」
「どれだけ混ぜるつもりなんだ!?」
全員で熱く議論をしていると、夜は瞬く間に更けていった。


結局、全てが片付いたのは翌日の夕方だった。
この間に居合わせていない人物の了解を得、衣装を事細かに決めてしまったのだから迅速な行動だっただろう。
ちょうど今日が酒場の定休日だったことが幸いして、誰にも邪魔されず快適な作業ができた。
「様になるぞ、ミカノ」
第一感想はティトレから発せられた。
「……こ、これ、いくらなんでも混ぜすぎなんじゃないか?」
仕上がりを見るために試着させられたミカノは、非常に不安げな声を上げる。
どのような衣装かと説明を求められるならば、原案の覚書を見るのが一番だろう。
机の上に置かれた覚書には、このような文字が連ねられている。

『前髪…アル
 後ろ髪…シャンテ
 髪留め…メイショウ
 頭の羽…ティトレ
 服の原型…カミヤ
 帯類…ユウシ
 十字架…ソウキ
 十字架の羽…ペガサス
 尻尾…マスター
 炎全般…ピステム
 札…衣装に貢献してくれた皆の真心籠った手作り』

足の下部が炎の羽を象る細工となった今、ミカノは空中に浮遊していた。
足が地に着いていない感覚は久々だ。
また、衣装貢献の者たちによって作られた札の何枚かも宙に浮いているし、弟と同じく長い上着の裾は蝙蝠の羽のように加工されている。
身内や知り合い十名の要素によって出来上がった仮装は、実に怪物らしい仕上がりだった。
そもそも、衣装協力の各々が個性溢れた人物や種族で構成されているため、当然の結果ではあるのだが。
「大丈夫だよ。それぞれが上手く調和して一つの仮装になっているじゃないか」
「そうか。マスターがそう言うなら大丈夫……か、な」
マスターは何事も違和感なく受けて入れてしまう性質である。
果たして万人にはどう思われるのか心配ではあるが、未来を憂いても仕方がない。
下方に見える家族達を見渡してみるが、変な反応は見受けられなかった。
「長兄、そうやって上の方で髪の毛を結ぶと更に女の子みたいですね」
「……そいつは言ってやるな。せっかく言及しないでおいてやったのが台無しや」
約一名の突飛な発言を除けば。
少しは自分でも考えてしまったことだったため、ただただ悔し涙を飲むばかりである。

さて、足の炎や宙に浮く札といった超常的な加工は、全てカミヤによって為されている。
更につけ加えると、衣装も彼の魔術によって形作られたものである。
流石に、生身の尻尾や羽まで手作りにするのは無理があった。
ミカノも魔術は扱えるが細かい作業は苦手であり、弟のこの所業は素直に尊敬できる。
しかし、進んで意見を述べたことといい、彼が積極的に行動を起こすのには少し引っかかる。
「にしても、お前今回はやけに協力的だな。何か裏でもあるのか?」
カミヤは首を振って否定した。
「……愚兄に利用するだけの価値はない」
「い、言ってくれるなチクショー!」
「どうどう、結果良ければ全て良しとしましょう」
「ぐちぐち言うのは後や、後」
アルとユウシによる鶴の一声で、喧嘩は防がれた。
ミカノは罰が悪くなって引き下がり、カミヤは元の無言に戻る。
「ところで、貼り付けられたものは勿論、この浮いた札もよくできていますね。自分で動かしたりできるのですか?」
アルはそこかしこに浮く札に興味を持ったようだ。
「これか? ……ああ、動かせるみたいだ」
仕組みは全く理解できないものの、手足のように札を飛ばすことができた。
考えようによっては非常に便利である。
「お前は私達の代表としてあちらに赴くのだ。相手方に間違えて貼り付けたりぶつけることのないようにな」
「まさか、やる訳ないだろ」
ティトレの忠告に対して二つ返事をしたものの、ちょっとした悪戯には使いたいと思っていた。
せっかくの仮装で、せっかくのハロウィンなのだから。
見知らぬ土地での催しには少なからず興味がある。
恐らくたくさんの見知らぬ人間達が来るのだろう。
人と交流することは好きだし、美味しい菓子も好ましい。
そう考えて、ふと招待状の文面を思いだした。
「あ……そういえば、お菓子も必要なんだっけ」
美味しいお菓子を持って来ることが必要だと、そこには書かれていた。
当日までにはまだ一カ月程もあり急ぐ必要はないのだが、なるべく早く手筈を整えておいた方がいい。
呟きを聞いたマスターは、ごそごそと棚をあさり始めた。
何をしているのか不思議に思ったが、すぐに菓子を探しているのだと気がついた。
彼女はすぐに当該するものを見つけ、ミカノに渡した。
麻の袋を開けてみると、中に色とりどりの飴玉が入っている。
「こういうものなら、私の酒場のものも提供できるよ。量は少ないんだけど」
マスターが困ったような顔をするのは新鮮である。
申し出はありがたいが、大量の菓子が必要になるということは何となく予想がついていた。
それに、わざわざ店の物を出してもらうのは多分に申し訳ない。
「それはマスターに入り用なんだから、無理しなくていいよ……けど、大量のお菓子ってどう仕入れればいいんだ? 買うのか?」
「……量が要るなら、作る他ないだろう」
「なるほど! それなら経費が安く済む……って、何ぃ!?」
ミカノは大いに慌ててカミヤの目を見る。
紛れもなく本気の目だった。
経費的に考えると安いが、手間を考えると経費以上に高いものがつくに違いない。
口をあんぐりと開けていると、否定だと受け取られたのか追撃をしてきた。
「……言い出したからには俺が責任を持つ」
再三の大胆発言には閉口してしまう。
表情は平常時のように変わらないが、どう考えても今日の弟はおかしい。
「いやあの、その……どうしてお前は変にやる気を出すんだ……」
「いいではないか。大変希少なカミヤの好意だぞ。一生見られるかどうかも判断のつかない代物だぞ」
「金剛石より希少なんですね」
ティトレとアルは歓迎の様子である。
カミヤの作る物はどれもが美味であるため、こちらだって反対はしない。
「でも、流石にカミヤだけに任せるのは気が引けるというか……行くのはオレだしさ」
「それなら皆で手伝えばいいんですよ。一致団結している感も出ますし」
「……っていうことだけど、問題ないか?」
「好きにしろ」
「ふふ、君達のお菓子なら私も食べてみたいな」
これで、当日に向けての準備に関する一切のものは手筈が整った、はずである。
本人の了解は取り付けたが、どことなく疑問が残る。
ミカノは話に参加していないユウシに浮いたまま近づき、こっそりと耳打ちをした。
「……今日のあいつが積極的な理由、わかるか? もうオレには理解できない……」
「そこでオレに聞くんか……まあ、こいつは個人的な考えだが」
同じく、ユウシも声を潜めて返答した。
「間接的にハロウィンに参加するっちゅう意思表示やろ。実際に参加するのは無謀な行いやからな」
「なるほど。あいつ、他人の海の中に放り込んだら喋らなくなるもんな……」
それではこちら側全ての沽券に関わる。
しかしながら、カミヤが賑やかな催しに興味があるとは意外な話だ。
ある意味きっかけを与えてくれた招待の手紙には、そのような点でも感謝したいところである。
「ちなみに、『Rabbithome』なる場所への行き方は解るか?」
「うわっ! ティ、ティトレ……」
いきなり白猫が間近に現れたため、ミカノは空中でひっくり返りそうになった。
「行き方なんて知らないに決まってるだろ。聞いたこともないのに」
「……行き方も解らんままどうやって行く気なんや?」
「う……それもそうだった……」
どうやら一番大切な点を見落としていたらしい。
とはいえ、これは一番解決の難しい問題でもある。
見慣れぬ単語から何か情報を引き出せる頭をしていたら話は別だが、そんな便利な頭はどこにもなかった。
魔術で移動しようにも、場所がわからなければ何の足しにもならない。
しかし、アルがすぐに悩みを打ち壊した。
「あ、心配は御無用ですよ。この手紙に付着している『匂い』からその場所に繋ぐ空間を作れるらしいので」
どん底に突き落とされたと思ったら、即座に引き上げられる。
せめて間を空けるなり何なりしてほしい。
「……何だよ、余計な心配させるなよ!」
「私は肝心な問題を見落とし続けるお前に喝を与えただけだ。決して余計ではない」
ティトレの言うことはご尤もである。
このままでは、来訪先でどんな失態をしでかすかわからない。
ミカノは改めて気を引き締めることにした。
一応、自分は周囲の代表として参加することになったのだから。

――けれども、やはり如何ともしがたい高揚感がある。
ミカノにとってのハロウィンというものは、どうやら大変楽しみにする価値があるものらしい。
現地で何が起こるのかを考えるだけで心が弾む。
妙に大人びた家族ばかりの手前、いつもは素直になりきれないでいたが今は違う。
もともと自分は成人にも満たない子供だし、精神だって年相応。
見知らぬ何かがあれば、すぐさま飛びつきたい。
今回だって、マスターから譲られた形ではあるが、本当は最初から行きたくて仕方がなかったのである。
「ミカノ君?」
思わず顔が緩んでしまったところをマスターに見られた。
不思議そうな顔を向けられてしまう。
それでも、隠すことはしない。
今だけは、本来の自分を隠したくない。
「マスター、譲ってくれてありがとう。目一杯楽しんでくるよ」
満開の笑顔を彼女に向ける。
マスターはしばらく瞬きをしていたが、やがて何かを悟ったように一つ頷く。
ミカノの頭に優しく手を置いて、静かに髪を撫ぜた。
「君の誕生日は第二十八日……ハロウィンの三日前だろう? これは今日のお返しだ」
「へっ……お、覚えててくれたのか!?」
この招待状は、三日遅れの贈り物であると。
彼女は確かにそう言った。
「人を気遣うことのできる優しい君に、『誰か』が与えてくれたものなんだよ。きっとね」
どうやら、不遇な扱いを受けがちな人間であっても幸運は巡ってくるらしい。
それが誰なのかは想像もつかないが、もしも会うことが出来たら感謝の気持ちを述べよう。

十月三十一日をセウナジュムの歴に換算すると、木枯らしの月に相当する。
素晴らしき祭典が開かれるまで、あと一ヶ月。
清々しい気持ちで空を見上げた、その時の夕日は、まるで南瓜のような橙色だった。
最高の贈り物をしてくれた『誰か』に思い焦がれながら、少年は願う。
――早く、パーティの時が訪れますように。


See you later!

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