ハロウィンパーティ招待状から始まるそれぞれのサブストーリー

ミカノの場合「代替色の好奇心 01」

秋の夜長、風も冷たくなりつつあるハクゥ・バッファにて。
銀色の月の輝きを受けて光る金髪の少年が、人気のない通りに立ち尽くしていた。
彼は石畳に目線を落とし、怪訝な顔をしていた。
「……カミヤ。これ、どういうことか解るか?」
傍にいた赤髪の少年は、口を閉ざして首を振った――横に。



その日は、『海月堂』の店主であるマスターが大いに主役を飾っていた。
ハクゥ・バッファでも一二を争う賑わいを誇る酒場の中での出来事だったが、今は数人を除いて他にない。
「店主さん、もうすぐ何歳になるのですか?」
ちょうどマスターの向かいに座っている銀髪の少女が、勿体ぶったように尋ねる。
マスターはにっこりと微笑んで、彼女の前に杯を置いた。
「七百五十三歳だよ、アル君」
一見してとんでもない数字であったが、マスターが嘘をついた様子は全くない。
「ななひゃくごじゅうさん、ですね。いかにも異種族らしくて素晴らしいですよ」
アルも特に驚いた様子はなく、出された赤い茶に手をつけてからそれを復唱した。
紫がかった赤の右目が、純粋な好奇を宿す。
彼女の左横に座っている不機嫌そうな金髪の青年は、表情に似つかぬ穏やかな動作で杯を持ち上げた。
「お前達の基準で言えば二十代か……働き盛りやな」
彼の不機嫌面は元来のものであって、そのまま機嫌を表すようなものではない。
その左、マスターと他の者達との境をなしている机の上に、行儀よく陣取る白猫が尻尾を振って応答した。
「ユウシの言う通りだ、まだまだ若い。それでいて、酒場をここまで大きくさせるとは大したものだ」
身につけ慣れていないであろう真新しい首輪には、『ティトレ』という名が書かれている。
迷子にならないためであろうか――この猫に限って、そんな可能性はないのだが。
「ふふ、そうかい? 面と向かって言われると、少しくすぐったいね」
口上では困りつつも、マスターの笑顔に曇りはなかった。
「この年になっても、きちんと祝ってもらえるというのは嬉しいことだね。君達に感謝するよ」
すると、ユウシとティトレの両名は揃って否定した。
「礼ならミカノの奴に言え。オレ達はあいつの提案に乗っただけや」
「彼が帰ってきたら改めて礼を言うといい」
そして、アルの右隣の空いた椅子を見やった。

親しい知り合いのみでささやかな催しを開こうと言ったのは、彼女の店の常連であるミカノ少年だった。
諸処の都合もあって、集まったのは彼の身内ばかりであったのだが。
ミカノ本人に加えて弟のカミヤ、父ユウシ、母代わりのティトレ、そして居候のアル。
ここにいるのは彼らとマスターの六人、のはずだったが、兄弟は一時的に席を空けている。
「そういえば、ミカノ君とカミヤ君はまだ戻ってこないね」
「きっと外で涼んでいるんですよ。二人ともまだ子供ですから、この大人の空気は少々合わなかったんでしょう」
アルがしれっと口にした言葉は、大変突っ込みどころのあるものだった。
十三歳を自称するお前が言うな、と。
だが誰も突っ込もうとしなかった。
いつものことだからだ。
「……何がすぐ戻る、や。口先だけは達者な奴め」
「今日は多目に見てやれ。すぐにでも扉が吹っ飛ぶほど元気よく戻ってくるだろう」
ティトレがユウシの肩を叩いたまさにその後、凄まじい轟音が響いた。
本当に扉が吹っ飛んできたのである。
その進路上にいたユウシは迷いもなく扉を受け止めたため、店の内装は全くの無傷だった。
「たたたたた大変だっ……ぎゃっ、うわ、近づけるなコラーッ!」
同時に、ミカノがほとんど転がる形で飛び込んできた。
その少女のような顔立ちは憔悴と恐怖に満ちている。
続いて、カミヤが至極落ち着いた様子で中に入ってきた。
彼はミカノに何か薄い物体を握らせた。
マスターは机で仕切られた空間を出て、彼に救いの手を差し伸べてやる。
「そんなに慌ててどうしたんだい? 外で何かあったのかな」
ミカノは急いで彼女の手を取り立ち上がった。
そして、わたわたと状況を説明し始める、のだが。
「そ、それが、あの、どーんって変な食べ物がうわ手に止めてぇー!」
「お前は一旦落ち着いた方がいい。深呼吸をしてみろ」
まともに話せる精神状態ではなかった。
ティトレが指示する通りに、彼は何回か深呼吸をした。
最後に魂までも抜けてしまうかと思われるほど深く息を吐いた彼は、平静を取り戻したようだった。
「ごめん、取り乱した……あのな、何が起こったって……あー上手くまとまらない……」
髪を自らかき乱した後、カミヤに握らされた二つ折りの紙をティトレに渡した。
「……とりあえず、それを見てくれ」
「そうか。では遠慮なく」
ティトレが前足を器用に使って紙を開く。
途端に紙面から何かが飛び出してきた。
「む? これは……」
ティトレの顔面まで届くかと思われたそれは、鼻先すれすれの位置で止まった。
飛び出したものをよく見ると、南瓜を模した何かが細長い帽子を被った、何とも言えず遊び心満載の細工である。
月を象ったような、口らしきものも付いている。
これをどう見たら驚くような代物になるのだろうか。
「いわゆる立体絵本のようなアレですね。ということは、長兄」
アルはそれをつついて動かしていたが、ミカノに振り向く。
「いきなり飛び出してくるカボチャに驚いたんですか?」
次にその場の全員が目撃したのは、ミカノが赤面しながら小さく頷く瞬間だった。
ユウシは呆れ顔で彼を一瞥する。
「こんな仕掛けも知らんとは驚いたわ……」
「全くもって同意する」
父親だけでなく白猫にも呆れられ、ミカノの羞恥は留まるところを知らなかった。
居た堪れなくなってやや俯く。
「とりあえず、話は後で聞く。それよりもお前」
ユウシは一旦無表情となって、彼の頭を無理やり上げさせる。
何事かと疑うミカノの目の前に、蝶番だけ綺麗にはじけ飛んだ扉がどんと置かれた。
「今すぐマスターに謝れ」
「その点については非常に申し訳ありませんでしたぁー!」
「いや、全く構わないよ」
マスターの限りない優しさに涙が出るほどだったが、ミカノは全力で土下座した。

「ですが、どうしてこのびっくりお手紙はこの酒場の真ん前に落ちていたのでしょうね」
横目に手紙を見つめながら、アルは小首を傾げた。
「……さあ。誰かの落し物じゃないか?」
「そうとも言い切れないぞ。あと一ヶ月ほどでマスターの七百五十三回目の誕生日だ」
眉目秀麗で人柄の良いマスターには、様々な方面からの支持者がいる。
その中の一人がこれを送ってきたとしても何ら違和感はない。
今日は誕生日当日ではないのだが、約一ヶ月後がマスターの記念すべき日だということで、前もって送ってくるということも十分考えられる。
「だから、私は誰かが故意に置いていったのではないかと思うのだが」
「どうしても見てほしい手紙……っちゅうワケか」
というのも、誕生日の当日には、そういった支持者たちがこぞって会いに来たり、贈り物をしたりするのが通例だからだ。
人が多すぎて店内に入りきらないということも多々あるし、贈り物が埋もれてしまう可能性もある。
今日という日にミカノ達が集まっている理由も、大体は同じだ。
どうせならマスターをじっくりと祝いたい。
「まあどうでもいいけど、いちいち年まで言うなよ。長いからさ」
ミカノはアルから手紙を取り上げ、もう一度開いた。
今度は過ちを犯すことはなく、落ち着いて状況を把握することができた。
「うーん……飛び出すことばっかりに気を取られて内容見てなかったな。どれどれ」
じっくり観察すると、南瓜のような細工はとても可愛らしい。
自分の先ほどの行為は、もしかしなくてもかなり失礼だったのでは。
そうして、周囲に書かれた文字を読もうとしたが。
読めない。
並んでいるのはどこのものとも付かない不思議な文字で、ミカノは解読するだけの知識を持っていなかった。
内心で焦っていると、カミヤが無言で何かを差し出してきた。
「え? あ……何だ、これ」
差し出されたのはもう一枚の手紙らしきもの。
こちら側には、きちんと解読出来る文字が連なっている。
どうして彼が持っていたのかはさて置いて、早速読んでみる。
いつの間にか、全員が手紙の周りに集まっていた。

『来る10月31日
我がRabbitHomeにて 恒例の「ハロウィン仮装パーティ」を開催致します。

美味しいお菓子と 楽しい夢と
そして 無邪気な悪戯心

上記をご持参の上、RabbitHomeまで足を運んで下されば、
当方一同が心より歓迎致します。
常連の皆様も初めての皆様も、お誘い併せの上お集まりくださいませ。

合言葉は「Trick or Treat!!」』

「……なあ、お前ら。これ何?」
ミカノは、最後に書かれた文字を指す。
他の文字は読めたり意味を察したりすることができたものの、それだけは発音も意味も全く掴めなかった。
「『トリックオアトリート』」
意外にも、問いに答えたのは先ほどから黙っていたカミヤだった。
「とりっく、おあ、とりーと……?」
「……これは古代言語だ」
ミカノの間抜けな復唱に対し、カミヤは独り言のように呟いた。
古代言語とは、遥か昔にどこかで使われていたという言語のこと。
その事実はミカノも知っているが、その文字や文章そのものは見たことがない。
いくつかの単語の発音と意味は解るが、飽くまでもその程度だった。
同じく意味が解っていない様子だったマスターは、掌を叩いた。
「ああ、そういえば。その言葉はティトレ君から聞いたことがあるよ」
「え……マスター、この変なの知ってたのか!?」
ぎょっとして叫ぶと、机の上に寝そべっていたティトレが顔を上げた。
「知っているも何も、私は以前お前に教えたと思っていたのだが。気のせいだったか?」
「……そんな覚え、全くないんだけど」
「自分も知っていますよ、長兄。貴方のために教えて差し上げましょう」
アルがすっくと立ち上がる。
そして目を瞬かせるミカノから手紙を抜き取り、これ見よがしにひらひらと振ってみせた。
「まず、ここに書かれたハロウィンとは何なのか解らないでしょうから、そこから説明します。ハロウィンは、どこか遠い所で行われるお祭りのようなものらしいですよ」
『らしい』という部分が実にわざとらしい。
ユウシも実に疑わしげな表情でアルの話を聞いていた。
そういえば、彼はこれについて何か知っているのだろうか。
少なくとも、黙っているということは、教えるつもりはないということだ。
「十月三十一日というのは、そこの暦だそうです。こちらで言えば木枯らしの月の第三十一日、つまり約一ヶ月後ですね。それが、この催し事を行う日だと言います」
「じゃあ、このハロウィンっていうのとマスターの誕生日は同じ日なのか……」
「そういうことになりますね。そして、ハロウィンが具体的にどういう日なのかと言いますと」
アルはそこまで言い終えると、ミカノに向かって会心の笑みを見せた。
ほとんどの人間は瞬く間に魅了されてしまうのだろうが、ミカノはただ嫌な予感を覚えるのみ。
実際、彼女はとんでもないことを言ってのけてしまったのである。
「それはもう、たくさんの死霊たちが揃いも揃ってこの世に戻ってくる日なのですよ」
「し、しりょ……!?」
何せ、ミカノが最も苦手とする物の一つは、お化けや幽霊といった類のもの。
アルが恐ろしいことを言うものだから、瞬く間に鳥肌が全身を支配してしまった。
「そして、後世の人々がそれにかこつけて自らを怪物に飾り立て、お菓子を配り悪戯をしながら町中を練り歩く行事となったのだ」
ティトレの補足も、再び恐怖に襲われている彼にはあまり効果がない。
彼はひたすら青ざめている。
一方のマスターは、非常に関心を寄せて二人の話に耳を傾けていた。
「なるほど、世の中にはそんな祭りがあるんだね。私は元々怪物のようなものだから、ハロウィンの日に生まれたのかな?」
「さあな。どちらにせよ、マスターならば仮装も必要ないに違いない」
「まあ、その羽と足と尻尾は本物やしな」
ユウシはマスターを一瞥してから頷いた。
生まれつきのグリフォンである彼女は、仮装しなくても十分怪物の姿をしているからだ。
ミカノの手から取り落とされた手紙だったが、今度はユウシによって拾われた。
そのまま、マスターの眼前まで持って行かれた。
「こいつは誰かを『RabbitHome』に招きたがっとる。どうせならお前が行くか?」
その場にいる全員の視線が、一挙にマスターに向かった。
今日の主役は間違いなく彼女であり、招待当日は彼女の誕生日。
ならば、ここで招待を受けるのも彼女であるべきだ――それが道理である。
「それはとても喜ばしい誘いだ……けど、遠慮しておくよ」
「……ほぉ、その理由は?」
マスターは向日葵色の目を細め、薄く笑った。
「私達は、一度誰かが手を付けた獲物には決して手を出さない。それが私達の矜恃であり、相手への仁義でもある」
そして、マスターはミカノに手紙を返した。
「だから、ミカノ君。この手紙は君のものだ」
「……え?」
しばらく恐怖に満ちていたミカノの表情は、今度は驚きに変わった。
彼女は何を言っているのか、と。
「私はもう十分祝ってもらったからいいんだ。この幸福をくれたミカノ君にも、それに値する権利はあるはずだよ」
紳士。
マスターを一言で表すなら、それしかない。
本来なら感謝と共に喜ぶべきはずの好意だが、今は多少なりとも戸惑いを覚えてしまう。
死霊が何たらかんたらなどと言われた今は。
だが、戸惑いの根源アルはミカノの様子を見透かしていた。
「さすが、店主さんは人格の出来たお方です。長兄もお言葉に甘えるみたいですよ」
彼女はこちらの手を取り、強制的に挙手をさせる。
「ちょっと待て、何でお前が決定してるんだよ! やっぱりここは主役のマスターが……」
「……お前な。マスターの誇りをへし折る気か?」
「すいません行かせていただきます」
残念ながら、マスターではなくミカノの意思がへし折れた。


つづく

出会えたから 友達になりたい