ハロウィンパーティ招待状から始まるそれぞれのサブストーリー

クロノの場合


『〜〜♪・・・・・♪』

「・・・何だか今日のクロノ、気持ち悪いです」

『あぁ?』


 自分が認めた主であり同居人でもある少女からきっぱりと言われ、
キッチンでボウルに入った卵と砂糖をかき混ぜていた泡立て器の動きを止めると
金髪の青年が怪訝な顔で振り返る。

 その空色の瞳はいつもと変わらず鋭いが、それでも彼の機嫌の良さを
表しているのか目元は心なしか穏やかだ。

 ―最もそんな風に見えるのは、自分や彼の双子の兄といった
ごく身近な存在でしか分からない程度の違いなのだが・・・傍から聞けば
唐突で傷付く様な言葉に対し眉間に皺を寄せるでもなく、「クロノ」と呼ばれた
刻の精霊は鼻を鳴らした。


『別に良いじゃねぇかよ、俺だって鼻歌位歌いたくなる事だってある』


 だから、その異常が何事なのかを聞きたい。ものすごく聞きたい。


 兄のジェリスと比べれば見せる表情は豊かだが、それでもヤンキーよろしく
捻くれた態度から大抵は仏頂面を張り付けている事が多いあのクロノだ。
なまじ元の顔がとても整っているからパートナーのウィンから見てもそれはかなり
もったいない様に映っていて、目立つ事もなくこんなに上機嫌だなんて
ほとんどあり得ないのである。

 泡立て器とボウルの中身を見比べて満足そうに頷いている守護精霊を横目に、
いつもこんな雰囲気なら良いのに、と考えつつ心当たりを探したが―見つからない。


 気になってキッチンを覗き込めば、大きな器に入れて密封した状態の
パン生地の様な物がいくつも置いてある。


『あ、それ生地発酵させてる途中だから。いじんなよ』

「・・・クロノ、何かあったんですか?」


 精霊界一の料理人を自称するクロノがこうして何か手作りするというのは
(最も、精霊は人間の様に食物の摂取を必須としている訳ではないのだが)
珍しい事ではなく、寧ろウィンの生活は彼の手腕のおかげで成り立っていると
言っても過言ではない。

 だがこれらが出来上がると、たった二人暮らしの自分達には
一体何日分になるのか―キッチンに置かれた容器とその中身の総量は
相当な物だった。いくらかは友人であるマイレーやラッド達の所に配るとして・・


『そっちの分もあるにはあるけどな、メインは別件』

「え、声に出てました?」

『おー』


 作業がひと段落ついたのか一旦手を洗うと、クロノはズボンのポケットに入れていた
開封済みの封筒を取り出し、その中身をウィンに見せた。



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来る10月31
我がRabbitHomeにて 恒例の「ハロウィン仮装パーティ」を開催致します。

美味しいお菓子と 楽しい夢と
そして 無邪気な悪戯心

上記をご持参の上、RabbitHomeまで足を運んで下されば、
当方一同が心より歓迎致します。
常連の皆様も、初めての皆様も
どうぞお誘い併せの上お集まりくださいませ。

合言葉は「Trick or Treat!!」






『俺宛てで今朝ポストに入ってたんだよ、良いだろ』


 クロノが心なしか自慢げにピラピラと振るメッセージカードを眺めながら
ウィンはポンと手を叩く。そういえば今年ももうそんな時期になるのか。


「あぁ、以前ラッド君やソニア君に届いてた・・・今年はクロノですか」

『そーゆー事。俺特製の菓子大盤振る舞いだぜ』

「良いですねぇー」


 クロノはにっと笑って見せた。

 確かに普段はあれでも時折意外な気遣いを見せる彼の事だから、
今作っている大量の生地は招待された宴に持って行く菓子やら何やらの
準備なのだろう。


『明日出掛ける事になってるけど・・こっちの時間なら大体半日位で
戻れるだろ。良い子で留守番してろよ?帰って来たらこっちでも
きー坊達ガキ共呼んでパーティーやるから』

「・・・貴方って本当に店でも開いた方が良いんじゃないかと思います」

『まーそれも悪かねぇけどな・・・店に使う物件の確保とかチラシ作ったり
色々手続き面倒だろ』

「味のクオリティ云々以前にそっちですか、妙な所生々しいですね」

『たりめーだ。俺を誰だと思ってる』

「精霊界一の料理人でしたっけ」

『そうそう』


 分かってるじゃん、と言いながらぽんぽんと頭に手を置くクロノに対して
ウィンは思い出した様にクロノの手を頭からどける。そうだ。
以前そのハロウィンの宴に参加したラッドやソニアの話では―


「クロノ、仮装に着るための衣装持ってるんですか?」

『・・・・・あ、忘れてた』


 家事一通りを得意としているクロノならその気になれば衣装の一着や二着も
例外なく作れてしまうだろうが、そのための時間があるのかどうかは別問題だ。
クロノの器用さは知っていても、彼自身が結構な長身という事もあって
今から明日のための衣装を完成させるのは流石に無理がある。


『いっそ俺の魔術で時間経過をちーと遅くして・・・』

「貴方ただでさえお兄さんに逢いたがらないんですから、
そんな事で魔力を無駄遣いしないで下さい」


 クロノは時間を操る力を持った唯一無二の精霊なのだが、その魔力を
一気に使ったりした場合、己が司る守護属性とはいえ体に結構な負担が来る。

 傍にいるだけでそんな彼の負担を打ち消す能力を持つのが
クロノの兄に当たる虚無の精霊ジェリスであり、ウィンが見る
双子の力の性質はSとNの二面を持つ磁石の関係と似ていた。


「今からマーケットに買いに行きますか?私が衣装見立ててあげますから」

『お前のセンスはぶっ壊れてるから嫌だ。あの悪夢を忘れたと思うなよ』

「そういえばそんな事もありましたっけ」


 三年前のハロウィンで彼女が選んだ金のスパンコールスーツを思い出し、
クロノは渋い顔をする。自身の服装に反映される事こそないが、
ウィンのセンスが壊滅的なのだという事をあの時初めて知ったのだ。


「あ!」


 そこで彼を品定めする様な目で眺めていたウィンが声を上げる。


『んだよ?』

「クロノが衣装を持ってないならお兄さんに借りましょう、そうしましょう」

『!!?』


 ヤブをつつく様にジェリスの名前を出され、クロノは顔を顰めた。


「背丈も基本の顔も同じですし、黙っていれば似合いますよきっと」

嫌だッ!アイツが着た服を俺が着るとか拷問だろオイ!!』

「貴方ほど背が高い人なんて他に思い当たる知り合いもいませんし・・・」


 ジェリスに服を借りる位なら今は敵として対立しているシェイドに頼む方が
まだマシだ、と凄い勢いで否を唱えるクロノを見ていると、反応がまるで
父親と洗濯物を一緒くたにされるのを嫌がる年頃の娘の様だ。
最も、ウィンは実際にそんな罰当たりな事を言う知り合いなど
持ち合わせていないのだが。


「じゃあどうしたいんですか?」

『作るッ』

「言っておきますがそれだけの材料買うお金はありませんよ、
その前に時間もありませんけどね」

『はぁ!?』


 ともかく、ハロウィンと言えば仮装。これがなければ始まらないというのに。
守護精霊の子供じみた抵抗に呆れたウィンは、どうするかと必死に唸っている
クロノにつかつかと歩み寄って満面の笑みを見せる。


 直後、妖精と呼ぶに相応しい色を持った笑顔が瞬時に無表情へ
凍りついたかと思うと―


『黙って着ろ。』


 いつも鈴を転がした様な涼やかな声を紡ぐ口から出たのは、
驚く程に冷たくドスの具合も鮮やかな精霊語だった。


「・・・・・・分かりましたね?」




『―お、ぉおう・・・・』

「そうと決まれば早速出掛けますか?ついでですし一緒に
夕飯のお買い物も済ませちゃいましょう」




 先程の空気はどこへやら、すっかりいつも通りの様子で
早速上着を羽織る主を前にしてクロノは深く深く溜め息を吐く。
どれだけ歳の差でこちらが上だろうと、やはり彼女には勝てる気がしないのだった。




See you later!

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