07:エメラルドの場合 [04]



招待状の訪れから数週間が経ち、いよいよ出向くという日。
空を見上げると月が鮮やかに映える、良い夜である。
完成した衣装を纏ったエメラルドとルビィは中庭に出ていた。
見送りに出てきたのはアンバー、そしてユナ。他の者は城内で収穫祭のための作業をしている。
「これ、お土産に焼いたゴースト型クッキーです。持っていって下さい」
ユナはオレンジ色の袋でラッピングされたクッキーをエメラルドに渡した。一緒に、小さな袋も。
「こっちはエメラルドさんとルビィちゃんの分です。途中でお腹が空いたらどうぞ!」
「うむ、承知した。有り難う」
受け取ったエメラルドが既に嬉しそうにしていると、微妙な表情の変化から読みとれたのはアンバーぐらいのものだろう。
溜息混じりに笑って、アンバーは空を仰いだ。
「そろそろかな」
「迎えが来るのだったな」
「ああ、今日は誰が来るんだろうな」
二年前のパーティの際に出会った者達の顔を思い浮かべる。
“月”に住む兄弟総出で仕掛けられた最後の悪戯には冷や汗をかいたものだ。
「――あ」
その時、仰ぎ見た空で何かが光った、気がした。
それは一瞬のもので、まばたきの後には空があるばかり。
「どうした?」
「いや、何でもな……」
エメラルドに答えたアンバーは、その後ろを転がる橙色の塊を見た。
気付いたユナもそれを目で追う。
ぴた、と止まったそれは、カボチャだった。
表面を目と口の形にくり抜かれたそれは紛れもなくハロウィンパーティのシンボル。
「あれ、こいつ…」
「ご招待ですー」
その、カボチャが、言葉を発した。
エメラルドが振り向くより先に、その口が大きく開くのをアンバーは見ていた。
「――――!」
振り向くより先に、彼の本能が何かを察知したのか。
咄嗟にルビィを抱えて飛びすさったエメラルドが見たのは、カボチャの大きな口が閉まっていく光景だった。
「……………」
余りに突拍子もない状況に一瞬呆けた彼はしかし、すぐに正気を取り戻して腰に手をやる。
だが、そこにあるはずの刀は、パーティには必要ないとアンバーに没収されたばかりであった。
「アンバー、我の刀は…!」
鬼気迫って相棒の名を呼ぶも、その相手はユナとともにカボチャに近付き、親しげに触れていた。
「よ!久しぶりだな。お前、会場にいたあの大きなカボチャの塔の奴だろ?」
「そうなのですー」
「すごい、喋れたんだね!今年はあなたが迎えにきてくれたの?」
「迎えにきたですー」
「そっか、ありがとな」
ルビィはエメラルドの元を離れ、興味津々にカボチャへ近付いて行った。
エメラルドは黙って自分の身にこれから起こるであろうことを考えていた。
「おい、ラルド、何逃げてんだよ。折角来てくれたってのに」
「そうですよ、エメラルドさん」
「……むう、このカボチャが迎えと言うのか」
「そうだって」
迎えということは、連れていってくれるということだ。
――どのように?
それは、改めて問うまでもない。
「…………我に食われろと言うのか」
あっさりと、さも当然の如く。
アンバーとユナは揃って首を縦に振った。
「ほら、行って来いって」
「帰ってきたらお話聞かせてくださいね!」
キュ、とルビィも楽しそうに鳴く。
「…………」
エメラルドがカボチャに視線を向けると、どうやら向こうも彼を見ていたようだった。
「案内するですー」
「……よかろう。このエメラルド・ローレッツィ、逃げも隠れもせぬわ」
カボチャの口が、また開き始める。視界一杯に広がっていく月明かり。
「最初に避けるからこうやって構えるんだよな」
「ですよね」
エメラルドは、数歩下がったアンバーとユナが呟いているのを聞いた。
大きく開いた口にルビィが飛び込み、そして。
「行って来るぞ」
振り向かなかったというよりは、目を逸らせなかっただけだろう。
吸い込まれるように後ろ姿が見えなくなった後に、静かにカボチャの口が閉じた。
アンバーとユナは、何となく拍手を送る。見事な飲みっぷりで、飲まれぷりだった。
「案内するですー」
カボチャがもう一度告げる。
「ああ、宜しくな」
アンバーが微笑むと、答えるようにカボチャは跳ね、そして姿を消した。
この、目の前で起こった非日常的な光景は、確かに二年前のあの夜に続いている。
――――そんな気がした。



+ To be continued +

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