To:kel buliba [03]



翌朝、まだ太陽が昇って間もない時にルイザは目を覚ました。昨夜は夜遅くまで大騒ぎしていたのだが、それぞれがそのまま眠りについてしまったらしい。肘掛け椅子の上でアールが、くり抜かれたトゥクの側でタシュが、そしてシャラは衣装の広げられた食卓にもたれかかって、眠っていた。一番最後まで粘っていたのはシャラだったのであろう。彼女以外には薄い毛布がかけてあった。ルイザは自分にかけてあった毛布をそっとシャラにかけ、外の洗面所へ向かった。
少しひんやりする空気が心地よい。冷たい水で顔を洗い、しっかりと目を覚ます。そして瓶いっぱいに水を汲んで、台所へ入った。なんだかよくわからない展開だったが、三人とも自分のために夜なべをしてくれたのだ。行くことが当たり前のように決まったのには驚いたが、そこまでしてくれるハロウィンというのを知ってみたいし、それにどんなパーティなのか興味もある。さぁ、あたたかい朝ごはんを作ろう。慣れない廚仕事はうまくいくかわからないが、簡単なものくらい作れるだろう。
ルイザがカポスタの葉をちぎっていると誰かが廊下を歩く音がした。きしきしと鳴るその音は、奥の部屋の方からゆったりと近づいてきて、そして台所の前で止まった。
「あれ、八宵?」
顔を出したクレアの目は少し赤い。また徹夜をしていたのだろう。
「おはよう。でもどうしたの?シャラは?」
「おはよう。シャラさんは寝てる。皆遅くまで起きてたから。それにクレア、あなたも。また徹夜してたんでしょ」
言いながら水の入ったコップを手渡す。批難している口ぶりながらどこか諦めの混じった優しい声に、クレアは軽く微笑み水を飲み干した。ルイザは言い訳もしないクレアに少し口を尖らせたものの、それで、と続けた。
「見つかったの?ラビットホーム」
クレアはカップを流しに置くと、先ほどよりは幾分真剣な面持ちで言った。
「見つかったわけではないんだが…"空間転移"を使えば何とかなると思う。だからまた少しきみの髪をもらうことになると思う…」
空間転移とはクレアが文献で見つけた術のようなもので、魔法陣を描き対価となる物を置き発動させることで、異世界を繋ぐことができる。ただ、その原理はクレアにもわかってはいない。以前この空間転移を試したクレアによって、ルイザは初めてこのオルサ国に連れてこられた。そして一度は自らの故郷へ帰り、再びオルサ国に戻ってきた。そのときもやはりこの空間転移を使っている。対価は様々であったが、あるときルイザの漆黒の髪がそれだけで空間転移に使えることがわかった。故郷からこちらの世界に帰ってくる時に一度彼女の髪を使っている。その時に、引きずるほどあった漆黒も肩より少し長いくらいになった。
「ごめん。もっといい方法探すから…だから…」
クレアは悔しそうに唇を噛んだ。
ルイザは髪を大切にしていた。それは”していた”だけであって今は別にどうも思っていないのだが、きっとクレアはそのことを気にしているのだろう。随分前に「髪がないなんて女ではない」と言ったことも、彼ならきっと覚えているのだろう。
─そんなこと気にしなくてもいいのに。
でも、そんな彼の気遣いが嬉しかった。言葉にはできない思いが心を満たす。
ルイザはカポスタの葉を置いて手を拭くと、クレアの手を取り、万感をこめて頭を下げた。
「クレア、どうもありがとう」
腰を折って頭を下げるこの不思議な行動は、彼女が心から感謝しているときにすることだとクレアは知っていた。小さな手に掴まれた自分の手。そこからじわりと暖かみが伝わっていく。顔を上げたルイザを抱き寄せて、どういたしましてと囁いた。
ルイザはクレアの腕の中で、彼らが本当にハロウィンが好きなのだと改め理解していた。そして皆自分に楽しんでほしいと願っていることも。この世界で生きていくことを決めた自分に、もっとこの世界を好きになってほしいと思ってくれている。元居た世界に未練がないわけではないが、でも、こんな彼らがいるからこそ、この世界に帰ってくることを望んだ。この暖かい家族とそしてこの腕の中に。ルイザはそっと腕をクレアの背に回した。



数日後、出発の日がやってきた。
結局、空間転移を使って行くことになり、ルイザの髪は肩につくかつかないか、というくらいの長さになっていた。ルイザはシャラが少ない材料で作った衣装に袖を通し、タシュとアールの作ったジャック・オ・ランタンを持ち、シャラとアールと3人で家を後にした。家を出る直前、アールが両手いっぱいの飴をジャック・オ・ランタンの中に入れてくれた。
魔法陣はアールが招待状を拾った丘に書くことになり、もう既にクレアとタシュは丘の上で待機していた。
シャラ、アール、タシュ、順に全員に挨拶をしてゆく。最後にクレアの前に立ったとき、ふいにクレアが口を開いた。
「そのトゥクの実に帰還命令を掛けておいた。だから、帰るときはこのカボチャに火を入れて。そうしたらここまで帰ってこれるはず。この実はきみが育てたから、絶対此所にたどりつく」
ちょっとぶっきらぼうな言い方で、クレアが何かの感情に耐えているのがわかった。
─まったく、緊張してるのは私の方なのに。
初めての場所、初めての祭り。期待と心配と、家を離れる寂しさでいっぱいである。だが自分以上に緊張しているクレアを見ると、ちょっとおかしくてなんだかもう何でも大丈夫な気がしてする。
「灯りを入れればいいのね?わかった」
ルイザはにっこり微笑んで、そしてクレアの頬にいってきますのキスをした。
一歩踏み出して魔法陣の中に足を入れる。
「いってらっしゃい」
「楽しんできてね!」
アールとシャラが手を振っている。
「じゃあ、起動させる。八宵…どうか気をつけて!」
呪文の詠唱に入る直前クレアが言った。
「大丈夫よ」
ルイザはクレアを見つめ笑う。
─何かあったらクレアが助けにきてくれるんでしょ?
黒いつややかな瞳が嬉しそうにそう言っていた。

空間移転は足元から地面がなくなってしまったような、全ての上下が逆さまになってしまったようになる。また、目の前がまばゆい光につつまれて、目を開けられなくなる。きっと今回もそうなると思い、ルイザはゆっくりと瞳を閉じてその衝撃を待った。クレアの声が呪を紡いでゆく。
ふと、その声が途切れたと思うと、突然ルイザは前回とは違う感覚にとらわれた。
それはいつもの感覚ではなくて、何か穴に落ちたような、そのくせ抱きしめられているような、奇妙な感じだった。おそるおそる目を開けると、周りは光ではなく、暗闇であった。おかしいと思ったが、抗えない何かを感じてもう一度ゆっくり目を閉じた。ゆったりとした眠気に襲われる。眠りに落ちる前、世界が上下に揺れている…そう感じた。耳をすませば「八宵、気をつけて」と叫ぶ声が聞こえた気がした。
「クレア…」
ルイザは一度だけその名を呼び、そして闇に落ちていった。


+ To be continued +

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