楽しき悪夢 〜第2章 騒々しき悪夢 8〜

 俺が開く前に、内から扉が開いてフェイズが顔を覗かせた。押し退けて部屋に入ると、陽は既に暮れ、城で一番大きな窓も藍色のカーテンに閉ざされている。

 未だベッドの中で半身を起こした状態だったリースが、不安に翳る顔をあげた。

「どう、だったんですか・・・?」
「魔女は居る。ただ、会いに行く過程が面倒だな」

 リースの視線が、握り合わせた自分の手に落ちる。

「そう・・・。時間が、かかるかしら」
「大丈夫よっ」

 リィンが殊更明るい声を出して、リースの肩を叩いた。

「魔女が居ることも、そこまでの行き方も分かった。ただ噂だけを頼りに逃げ出してきた時より、ずっとずっと前に進んだわ。望みがあるんだもの、まだ頑張れる。きっと、皆待ってる」

 顔を覗き込むようにして微笑みを向けられて、リースも安心したように微笑んだ。

「・・・そうね」
「ま、どうせ直ぐには出発できないだろ。暫くはしっかり休んで、旅に備えるんだな。旅の準備は使用人に任せとけばいい」

 リィンがふと動きをとめ、それから首を傾げて俺を見上げてきた。

「ねぇ、さっきも思ったんだけど・・・。まるで、あなたも一緒に来るみたいに聞こえるわ」

 今更、と言った話だ。

「その通りだ」

 リィンとリースが顔を見合わせた。
 フェイズが驚いたように言う。

「アレックス、城を出るのかい?」
「勿論お前もだ、フェイズ」
「僕も?」

 フェイズが自分を指差してきょとんとした。

「ねぇ、協力してくれるのは嬉しいけど・・・でも・・・」
「親切すぎるのは逆に妖しいと?安心しろ、別に慈善事業じゃない。俺達も魔女に用がある。それだけだ。目的が一緒なら協力するのが普通だろ」

 その用とは何か、と、二人の訝しげな視線が俺に向けられた。どころか、フェイズまで理由が分からない、といった表情で俺を見ている。

「俺達は俺達にかけられた呪いを解きたい、ってことさ。それとも何か、俺達が一緒だと不満だって?」

 質問をされる前に質問をすると、リィンが言葉に詰まった。

「確かに・・・あなたたちが一緒だと心強いかもしれないけど・・・でも・・・でも信用できないじゃない」
「なんだよ・・・まだ吸血鬼だから信用できないって言うのか?」
「そ、それもちょっとはあるけど・・・」

 俺はその先を察して、盛大にため息をついてみせる。

「悲しいね、未だ信用がないとは」

 そしてリィンに顔を近づけて囁いた。

「キスした仲なのに」

 リィンの顔が一瞬にして真っ赤に染まる。平手が飛んで来たが、予測していた俺はそれをひょいと避けた。

「・・・っ!だ、だからあなた達のそういう所がっ・・・!!信じられない、って言っているのよ・・・!!変態!色魔!痴漢!色気違い!好色!ほんとに、信じられないっ!」

 あえて否定の言葉は返さない。まぁ否定できない部分もあるからな。言っておくが、勿論、変態と痴漢ではない。
 フェイズはくすくすと笑っている。

「笑ってるけど、あなただって同じなんだから!」

 鉾先がフェイズに向こうとしたところで、まぁ落ち着け、と俺はリィンの肩を叩く。ここまで反応してくれると、面白くて仕様が無い。

「あれは からかっただけだから、安心しろ。基本的にお前等は、俺の守備範囲外、だから」

 言い終わると同時に、俺は腹に盛大な鉄拳を食らった。

「・・・・っ!!」

 平手が飛んでくることは予測していたが、まさか腹に拳が来るとは思ってなかった。別にそれほど対したダメージではないが、思わず腹に手を当てて固まる。

「もー、やっぱり信じられない・・・!! あんた達、早くこの部屋から出てって!!」

 リィンがますます肩を怒らせて叫ぶ。
 フェイズが心底呆れたように呟く声が聞こえた。

「アレックス・・・・・・君、バカだね」

 あのなぁ・・・

 フェイズ、そのセリフ

 俺はお前にだけは言われたくない











+ 第2章 End +