贈り物の日:11 『涙の意味を変える者 』

「少し、王城までお越しいただけないでしょうか?」

 ミルド、あおい、リフィル、ルミナス、フィーナ、シオン、フィーナ、アンジェのパーティが武装した男達にそう言われたのはアンジェが雪を降らせ、その後観客から逃れるようにその場を後にして人気の無い道に入った直ぐの事だ。ジルは気が付いた頃には何処かへと消えていた。

「私たちに、何の御用でしょうか?」

「先ほど、世界規模の巨大な魔術の発動を観測しました」

 場所は狭いが、このパーティで抵抗すれば負けることは無いだろう。
 昔のアンジェならば問答無用で蹴散らすところだが、男の声に頷く。

「解りました、案内をお願いします」

 今の私は一人じゃない。
 ここで私がこの男たちと敵対すればミルド達の立場も悪くしてしまう。




「連れてまいりました」

 何処も縛られること無く、パーティは王座のような場所に通される。
 そこには膝に猫を置いた眼鏡の青年と、その横に悪役のような黒い服を着た男が居た。

「初めまして、ファーレンハイト・ホーリィー=ヒューフロストです」

 そう言うと青年は一度咳き込むと、続ける。

「ファーレンハイトと呼んでくれ、こっちはミッドガルド」

 その言葉に横に居た悪役のような男、ミッドガルドは軽く一礼する。
 アンジェもそれに習い、深々と完璧なお辞儀をした。

「初めましてファーレンハイト陛下、お会い出来て光栄です」

 貴族でさえここまで完璧に出来る者は居るだろうか?
 そう思わせるほど完璧なお辞儀だった。

「北の魔女、アンジェ・オリハルコンと言う者です、アンジェとお呼びください」

 ただし、その口から放たれる言葉は礼儀も何も無い爆弾だった。
 魔術の規模が大きすぎた、言葉巧みに言い逃れするにも限界がある。ならば信じられるかは別に、自分が魔術に長けた者である事を相手に伝えるだけで良い。この交渉で最低条件はミルド達の立場を悪くしないことだ。アンジェ自身だけならどうとでもなる。

「そうですか」

 ファーレンハイトはニヤリ、と笑いアンジェに顔を上げるように促す。
 その表情はアンジェの真意を探るように光っていた。

「私は子供の頃、貴方の童話で悪い事をしてはいけないと学びました」

「それは光栄です」

 アンジェもただ名乗っただけで信じられるとは当然思っていない、ファーレンハイトが話しに乗ったのはアンジェの言葉にある裏の意味を確かに受け取ったと言う意思表示だ。二人で顔を見つめあい声もなく微笑む。二人は会話を楽しんでいた。

「今回アンジェ殿をお呼びしたのは、あれについてです」

 そう言ってファーレンハイト目線を送った先に有るのは窓。
 そには先ほどアンジェが降らせた雪が降り続いている。

「一見何の害も無い魔術ですが、規模が非常に大きい」

 そこで一度咳き込むと、ファーレンハイトは続けた。

「私たちとしては、何か裏が有るのではないかと警戒してしまいます」

 アンジェはその言葉に頷く。

「どうか私たちに、その真意を教えて頂けないでしょうか?」

 多少間を空けると、アンジェは言葉をつむぐ。

「何の裏も御座いません、ただ世界中の皆に綺麗な雪をプレゼントしただけです」

 すると、先ほどまで黙っていたミッドカルドが話しに入ってきた。
 咳き込む回数が増えてきたファーレンハイトを心配しての行為だ。

「それを証明する事は出来ますか? また、何か害があった場合どう責任を取って頂けますか?」

「あら、貴方の実力でもこの魔術に害が無い事ぐらい解ると思いますけど?」

 たっぷりと嫌味を満載した言葉をまさに、悪い意味で最適なニアンスで喋るアンジェ。
 顔に浮かべた、堪えきれないような笑みも激情をそそる。
 魔術に自信のある者なら当然気分を害する事、この上ない。

「この魔術が一見害の無いように見える事は最初に述べています、今は裏が無い証明の話をしているのですよ?」

 ミッドガルドの方も、たっぷりと嫌味を含んで言葉を返す。
 なかなかの切れ者だ。

「あら、どうやら私の事を人間は長い時間の間に忘れてしまったようね」

 後ろで様子を見ていたミルド達は、アンジェのスイッチが入る音が聞こえたような気がした。

「私は色々な呼ばれ方をするけど、どれぐらいご存知ですか?」

 その言葉に、ミッドガルドはしばし黙る。ミッドガルドも当然、最初の自己紹介にあった言葉にある裏の意味に気がついていた。だからこそ、その事には何も触れずに会話を進めていたのに何故ここでその話をぶり返すのだろうか?
 ミッドガルドは自分の記憶の中にある童話の中でアンジェに付いた通り名の数々を挙げてみることにする。

「北の魔女、オリハルコンを司る者、生きたバグキャラ」

 そして最後、北の魔女、の次に有名な通り名。

「天災の魔女」

 そこまで言って、ミッドガルドはアンジェが言おうとしている事が解った。
 同時に幻滅する、先ほどまで裏の読みあいのような会話をしておいて、こんな暴論を言うのか。

「そう、貴方たちは私を天災と表現した」

 一瞬、間を作る。
 部屋の空気をより張り詰めさせる。

「人間には止める事の出来ない、どうしようもない存在と」

 その存在の行動は全て実現し、人間に防ぐ手段は無い。
 人間にはどうする事も出来ないそれは自然災害と同意義、つまり天災。

「私から申し上げる事は以上です」

 台風で家が壊れたからって、台風に責任を取れと言う者が居るだろうか?
 つまりアンジェは、人間には私に責任を取らせる事は出来ないと言ったのだ。

「解りました、では貴方が“天災の魔女”である事を証明してください」

 ミッドガルドも当然その裏の意味に気が付いている。
 貴方がそんな事を言うなら、こちらの切り返しはこれしかない。

「それが証明できたなら、私たち人間は素直に貴方のプレゼントを受け取りましょう」

 ミッドガルドはこんな事をするつもりは無かった。風習にちなんでプレゼントのつもりも有っただろうが、おそらくこの雪は大規模な魔術の実験。だから住所を明かし、しばらく監視下に置かせてくれれば雪が降り終われば害が無いと確認できる。
 その後、厳重注意で開放するつもりだった。
 こうなったら罰を与えないわけにはいかないじゃないか。

「貴方が“天災の魔女”と呼ばれる原因となった、あの魔術を見せてください」

 ミッドガルドの合図でアンジェの周囲を囲む武装した男達。
 今回の事は国の公式な調査なので、一般の兵士が使われていた。
 勿論、私兵も控えている。

「後戻りするなら、今が最後のチャンスですよ」

 出来るはずが無い、アンジェ・オリハルコンは童話の中にしか居ない存在。
 その魔術も理論上不可能なのは誰でも解る。

「お見せしましょう」

 あそこで謝ってくれれば……ミッドガルドの思いは届かない。ミッドガルドは悲しい思いでアンジェを見る。すると、アンジェは右腕を水平に上げ、回転する。直後、アンジェの右腕が通り過ぎた所に居た兵士達から妙な音が聞こえだす。
 バキ、ボキ、グシャ、バキ、ボキ、グシャ。

「な、な……」

 その声を上げたのはミッドガルドか、一般兵か、ミルド達か。アンジェが一回転し終わるとアンジェを取り囲むように立っていた兵士達の持っている武器が全て壊れていた。剣は折れ、槍はひしゃげ、脇につけていた小刀さえボロボロと床に落ちる。

「これで、宜しいでしょうか?」

 ニヤリ、と笑うアンジェ。
 隠れている私兵の様子を窺うと、私兵の武器さえ壊されていた。

「宜しいでしょう、今夜はプレゼントありがとう御座いました」

 大きな氷を出す、街を一撃で焼き払う、不可視の電撃で気絶させる。童話に出るアンジェのその魔術も凄かったが、さらに凄いのは他の魔術だった。炎の中に氷をだす、水の中で炎を燃やす、全ての武器を無力化する。物理法則すらも鼻歌混じりで蹴散らす魔女。
 アンジェはかつて、この魔術で何万本の矢を全て自身にたどり着く前に打ち落としたらしい。
 童話でアンジェは悪役で扱われることが多い。
 だが、昔はその圧倒的な魔術に憧れて魔術師を目指す子供も多かった。

「それでは、ファーレンハイト陛下、ミルドガルド様、失礼いたします」

「待ってください」

 もしかしたら、本物なのだろうか?
 本物なら、あれに付いても知っているかもしれない。

「“赤い薬”をご存知ですか?」

 その言葉にアンジェはしばし悩んだ後、本当に困った表情で答えた。

「申し訳ありません、私、最近まで人間と関わらずに生活していたので……」

「そうですか、済みませんいきなりこんな事を訊いてしまって。もしもどこかで聞いた時は、宜しければ教えてください」

「貴方がその“赤い薬”を使うことが公平な事ならお教えします」

 そういえば、童話の魔女は何でもかんでも公平にしようとする魔女だったな。
 ミッドガルドはそんな事を考えた。

「もし、宜しければ今後この国の魔術開発部に就職して頂けませんか?」

 自らを伝説の魔女と言う性格や、世界規模の魔術を起動し何の責任も取ろうとしない態度には大いに問題がある。
 しかし、高い知性とその魔術の実力は計り知れない。
 人材としては非常に欲しかった。

「私の身分が隠せて、教師なら考えておきます」

「そうですか……次は、どちらに行くのですか?」

「インテグラの図書館に行こうかと」

 最近まで人間と関わらずに生活していたと言っていたから、観光だろうか?
 アンジェの童話に関する結末を知っているミッドガルドは、冗談のつもりで、ついこんな事を聞いてしまう。

「傷心旅行ですか?」

「……はい」

 アンジェの表情が急変する。
 その表情は、まるで涙を必死で堪え、何とか平静を保とうとしているような。
 演技でここまで出来るだろうか?

「すみません、心無い言葉でした」

「いいえ、信じろと言う方が無理です」

 その言葉にも悲しみがにじみ出ている。
 先ほどまで半信半疑だったが、その表情を見て急速に決意が固まった。
 嘘でこんな、こんな表情が出来るわけが無い。
 こんなに寂しくて、悲しそうな声が出せるわけが無い。

「信じます」

「え?」

 そういえば、アンジェの通り名にはあまり知られていませんが、こんなのも有りましたね。

「貴方は北の勇者、アンジェ・オリハルコンです」

 悪政に苦しんでいた国民を。
 それで得をした人間のみを魔術で選別し、制裁した時に呼ばれたのが最初らしい。

「ありがとう御座います……」

 アンジェの目はいまだに涙が溜まっていたが、その涙の意味は先ほどとは全く違った。




アンジェ・ファーレンハイト・ミッドガルド・他
文:黒い帽子

終わり無き冒険へ!