ハロウィンパーティ招待状から始まるそれぞれのサブストーリー

ハセクラ ヨシツグ場合 「The Waltzing Black Cat」

担当区域の巡回を終えて事務所兼住居に戻ると、いきなり何かがヒュンと音を立てて胸元に飛んできた。
カムの治安維持を主な任務とするルーブリケーターとして働くからには、それなりの訓練は受けてきている。冷静に動きを見極めたヨシツグは難無くそれをキャッチした。自分の指に挟まれた薄く平らな物体を観察する。
上質な漆黒のほぼ中央で、品の良い金色が微笑んでいる。兎の頭部をデフォルメしたシルエットによって封印の魔法がかけられた、最早お馴染みとも言える黒い封筒。
もうそんな時期になっていたのかとぼんやり思うヨシツグに、封筒を投げて寄越したイチヤが片目を閉じて笑った。
「お前で最後だ。ちなみに開かなかったらタワー(カムの管制塔)に回す予定」
ヨシツグは首を傾げた。この事務所では、基本的に勤務時間中は自室に籠らないのが暗黙の了解となっている。ヨシツグの見る限り、イチヤの他にテーブルを囲んでいるのはイツキだけだ。
イツキがカップから口を離した。ふぅ、と一つ息を吐いてにっこりと笑う。
「最初に見つけたのはソウタ君だよ。テーブルの上に置いてあったみたい。
 その時ユウ君も一緒に居て、二人で試してみたけど、二人は開けられなかったんだって。
 で、僕等も試してみたんだけど、結局開けられなくって」
改めて封筒を観察すると、金色のシーリングワックスの周辺には僅かながら皺が付いている。自分が事務所内で唯一招待状に触れていない人間であることを、漸くヨシツグは理解した。姿の見えない二人は巡回中らしい。
それでも中身は既に分かり切っている。夢と悪戯と甘味を囲む、賑やかなパーティーへの招待状。
ヨシツグは思わず深呼吸をしていた。
会場で供される菓子と茶類の評判は以前パーティーに参加した者からたっぷりと聞いている。特別甘味を好む性質では無いが、茶類の方には大いに興味がある。ただ、人の多い場所は大の苦手だ。相当な人見知りを自覚してもいる。
目を閉じて、ヨシツグは感覚だけを頼りにシーリングワックスに触れた。まるでシュレディンガーの思考実験だ。中に招待状が入っていることも送り主の意思もとうに決定しているというのに、受け取る側は中身が姿を見せるまでその宛先を知ることが出来ない。
すぅと引き寄せられるような指先の違和感と共に、空気の動く気配がした。
目を開けざるを得なかった。真っ先にヨシツグの視界へ飛び込んできたのは仲間の笑顔。そして目線を手元に遣れば、開いた封筒からは橙色と白色が顔を覗かせていた。
ヨシツグはぎこちない動作でテーブルへと足を進め、椅子にストンと腰を落とした。封筒からゆっくりと橙色のカードと白い便箋とを抜き、ゆっくりと開いてテーブルに広げる。




ハロウィンパーティ開催のお知らせ




来る10月31日
我がRabbitHomeにて 恒例の「ハロウィン仮装パーティ」を開催致します。

美味しいお菓子と 楽しい夢と
そして 無邪気な悪戯心

上記をご持参の上、RabbitHomeまで足を運んで下されば、
当方一同が心より歓迎致します。
常連の皆様も初めての皆様も、お誘い併せの上お集まりくださいませ。

合言葉は「Trick or Treat!!




「…どうしよう…」
真っ先に漏れたのは、呆然と響く呟き。
それ以降、ヨシツグはすっかり黙り込んでしまった。





「…何をそんなに悩んでるの」
テーブルの向かい側から発せられた兄の問い掛けに、ヨシツグは深い溜息で応じた。
招待状がヨシツグ宛てに届いたことは即座にタワーに報告され、同時に何故か兄にまで知られてしまった。恐らく誰かが情報を意図的に漏洩させたのだろう。丁度翌日が非番だったヨシツグは、同日の午後が休診だった兄に呼び出され、小さなオープンカフェでティータイムを共にしていた。
ヨシツグの兄は地域密着型の開業医である。穏やかで親しみ易い雰囲気と丁寧かつ的確な診察は若さという偏見を打ち消すには十分すぎる程で、今ではすっかり周辺住民の心を掴んでいる。
その支持層は老若男女を問わず、以前ヨシツグと同じ”ハロウィンパーティー”の招待状を受け取った少女など、「家族以外で頼れるのは先生しか居ない」と相談に来た程である。だからこそ兄は、カムには存在しない”ハロウィン”という行事の詳細を知っているのだが。
「どんな衣装にするか決まらない?」
「そうじゃなくて、…」
言いかけて、ヨシツグは言葉を切った。代わりに口から溜息が零れる。
折角の紅茶は随分前にカップの中で熱を失っている。茶類を非常に好むヨシツグらしからぬ状況に、兄も溜息を吐かざるを得なかった。
店内に軽やかな空気が流れる中、二人のテーブルでのみ沈黙が静止している。
再びヨシツグが溜息を吐いた。今回は少しばかり色が違う。
「…ごめん」
「何が?」
「だって、折角誘ってくれたのに、こんな…」
俯いて顔を歪める弟に、兄は息を吐きながら手を伸ばした。そっと頭を撫でる。
「そういうことだろうなって思ってた。ツーは変わらないね、いつも他人のことばかり考えて。
 …喋るのが苦手な自分が居たら迷惑じゃないか、って思ってるでしょ。今も、パーティーでも」
ぱっと顔を上げたヨシツグは間も無く俯いた。イコール、肯定。
小さく息を吐いて微笑んだ兄は、周囲をきょろきょろと見回した。頭を撫でていた手で弟の肩を叩き、道路を挟んで向かい側の店舗を指す。
「ね、衣装さぁ、ああいうのはどう?」
兄が笑顔で示す先には、ウェディングドレスの純白が紛うことなく燦然と輝いていた。
一度は店舗に顔を向けたヨシツグだったが、すぐに兄を睨みつける。
「…何考えてるの」
「心配しなくても似合うって」
「似合うとかどうとかいう問題じゃないだろ、貴方ねぇっ、」
「衣装って仮装なんでしょ?仮装。いっそ、別の誰かに化けたらどう?」
変わらない笑顔でさらりと返されて、ヨシツグの動きがぴたりと止まった。
冷めた紅茶を一口喉に通して、兄はそっと弟の目を覗きこんだ。
「招待状はツーに届いたんだからツーが行くべきだと思うし、迷惑だなんて誰も思わない。
 でも、どうしても”ツーが”そう思えないのなら、別人になってしまえばいいじゃない。
 …昔父さんと母さんがよく言ってたねぇ、あと一人女の子が欲しかった、もし居たらどんな子だろうって。
 俺がふわふわしたのんびり屋で、ツーが真面目なしっかり者だから、二人の妹は甘え上手なお転婆かな、って」
昔話に、ちくりとヨシツグの心臓が疼いた。
二人の父親は十年近く前に他界している。男だろうと女だろうと、あの両親のもう一人の子供が空想の世界から産声と共に飛び出して来ることなど永遠に有り得ないけれど。
「もしそんな妹が居たら、ツーは優しいから、きっと招待状を譲ってあげるんだろうね」
”ハロウィン”は、カムでいうカンデラに相当する。故人が一時的に蘇るという伝承にまつわる行事。
親孝行など何一つ出来なかった父親にも、或いは会えるかもしれない。
「…よくそんな昔の話覚えてるな、兄貴は」
暫くの後、それだけぽつりと呟いて。
ヨシツグは、微かながらこの日初めての笑顔を見せた。

果たしてお祭り好きの両親は、”架空の妹の出現”という悪戯を笑ってくれるだろうか。


See you later!

出会えたから 友達になりたい