開幕の唄

何も無いと形容するのが一番しっくりくる。視界に映るのは荒涼とした大地。いや……殺風景な”砂地”
目の前をひょこひょこと跳ぶように動きながら、積み重なった大小5つのカボチャが先導していく。夕焼け色の体のその向こう、案内される先を見てパーティの参加者達は訝しげに眉を顰めた。

本当に、この場所?

誰かがポツリと呟いた。問いたくなるのも仕方がない。視界には、途方に暮れたくなる程の砂しか入らない。
5つのカボチャは問いには答えず、一番下のカボチャだけが、にやりと笑いながらこちらを向いた。だがそもそも、掘り込まれた口元はいつだって笑ったままなだから、特に今、変化があったわけでもない。

静けさの中、各自が自分の受け取った招待状の文面を思い出す。一文目にはハロウィンパーティのお知らせと……そう、パーティと書いてあった筈だ。なのにこの目の前の風景が、どうしても結びつかない。
微かにまだ信じていられるのは、このパーティの招待状が届いたときから”普通ではないこと”が起こることは理解していたし、自分の周囲には同じパーティに招かれた、と言える鮮やかな衣装に身を包んだ者達が居るからだ。

あるものは不安そうに、あるものはイラついて、そしてあるものは楽しんでいるかのような面持ちで周囲を見回している。

足元は頼りなく、踏み出す度に靴がさっくりと沈んでしまう。微かな風に乗って砂がぱらぱらと身に纏わり付くのも鬱陶しい。衣装だって、折角気合を入れてきたというのに。

誰かが、痺れを切らして言葉を発しようとした そのとき。
カボチャが今までで一番高いところまで跳ねて、そして5つ全部がその身に彫られた顔を参加者他達に向けた。(正確には、一番上のカボチャには何も彫られていないので、向けられたのが顔だったのかはわからないが。)

突然のことに ぎょっとして、数人がそのカボチャに視線を向けると、カボチャの両隣に人影が立っていた。

「ようこそ、ハロウィンパーティへ!」

皆の視線が集まると、明るい茶色の髪を頭の上の方でひとつにまとめた少女が明るく言った。

「皆、無事に揃ったね。さぁ、パーティを始めようか」

金の髪に、ウサギの耳を生やした少年が穏やかに、けれど良く通る声で言った。
二人の纏った山吹色のマントが一陣の風に靡く。

呼びかけられた者達の幾人かが、無意識のうちに視線を交わした。未だ不安が消えたわけではない。
少年は薄い三日月のような微笑を口元に湛えながら、一枚の紙を取り出した。

あの紙には見覚えがある。自分が貰った招待状と同じものだ。
それぞれが認識すると同時に、少年の指がパチン、と鳴った。
すると少年の手の中にあった招待状がふわりと舞い上がって風に漂い、人々の集まる砂地の真ん中にはらりと落ちた。

全ての視線が、自然とその動きを追っていた。
招待状は砂地に着地すると勝手に開いて、紙を切り抜いて作られた城が飛び出す。

何度も開いて確かめたその姿は、既に見慣れたものだった。
しかし、次の瞬間にはそれはもう、彼らの持つ招待状とは違うものになっていた。

紙の城が、招待状の台紙からはみ出す程に大きくなり始めたのだ。

あっさりと台紙の大きさを越えた城は、次に、参加者達の身長をも追い越す高さになった。
それでも大きくなることを止めず、さらにぐんぐん大きくなって、大きくなって、大きくなって……

大きくなった城は、あっという間に目の前まで迫ってきた。
あまりにも急のことで逃げることもできず、目を閉じることさえできずに彼らは城の壁を見ていた。
いや、目を閉じられなかったのではない。

何かが起こる、と分かっていたからだ。

その確信の通り、城の壁はするりと彼らの体を越えて視界の後方に行ってしまった。
変わりに目の前に広がっていたのは”城の中”の景色。

天井も壁も床も一面が夜空のように藍色で、ちらちらと瞬く星を映した、不思議な空間だった。広間にはシャンデリアどころか小さな蝋燭さえもなかったが、室内は程よい明るさだった。
きっと、星々が光源なのだろう。

足を踏み出しせば、カツン、と小さな音が答えた。
自分の影を見下ろせば、そこでも小さな星達が明滅している。

壁には、大きなステンドグラスが飾られていた。
蜘蛛の巣を模るように張り合わされたその欠片の中には、見覚えのある少年と少女が描かれていた。そういえば、と周囲を見回すが、先ほど現れた筈の二人の姿は既になく。

ただ、カボチャだけがそこに居た。
一番下のカボチャが、ただでさえ大きな口をさらに大きく開いた。

ふと、自分が連れてこられた時のことを思い出して何人かが後ずさりしたが、その口の中からは大量の菓子が飛び出してきたのだった。
ケーキにアイスクリームにキャンディにチョコレート。クッキーにゼリー、色とりどりのフルーツまで。とにかく、数え切れないほど沢山の甘いお菓子が、どんどんと飛び出してくる。

それらは迷うことなく、広間に並んでいた皿の上に飛んでいった。まるで最初からそこにあったかのように何食わぬ顔をして収まっていく。
甘い匂いが、その場に居た者達の鼻腔を突いた。
誰かの腹の虫が、広間に響く。
その音に、未だ不安な表情をしていた者でさえも ゆるゆると口元を綻ばせた。

ほらね、もっと素敵なこと、楽しいことが起こる気がするよ!
きっと最高の夜になる。

「 ハッピーハロウィン! 」

広間に、一つになった声が響いた。

さぁ、パーティを始めよう!





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