パーティ準備編

フランの場合

「夢……?」
肌寒い朝だった。
とあるサーカス一座の人形使いフランは、ぼんやりと枕元の人形をながめた。自室としてあてがわれた天幕の一角、殺風景なのはいつものこと。
だが、その日は、少し寂しさを覚えた。
何故だかは、分からなかったのだけど。


興行の無い日の天幕の中は、しんとしている。
水を使おうと、寝間着にマントを羽織った姿で通路を歩く。

「ねえ、フラン。何か隠し事があるでしょう」
猫のようなしなやかさで、頭のリボンをピンと張り、スカートの裾と巻き毛を揺らしながら、少女が近寄ってくる。ナイフ投げのリィキュだ。今日はオフだというのに、妖精の羽根の飾りをしっかり背負っている。
「何のこと?」
「とぼけたって無駄よ。私、昨晩、フランの部屋にお邪魔したの。私の部屋、フランのお隣でしょう?そっちの部屋からなにか物音がした気がして、見に行ったのよ。あなた、とてもよく眠っていたから、起こしちゃ悪いと思ってそのまま引き返したけど。
でも、枕元にこれがあったわ」



一枚のカードを、まるで彼女が普段ナイフを扱うように指ではさみ、ひらひらさせながら、口の端を吊り上げる。
「これ、探していたんじゃないの?
ハロウィン・パーティの招待状。とっても素敵だわ。
…ねえ、これ、私がもらってあげる。フランこういうの苦手でしょ?私ならこの招待状につり合うような仮装をして、他の招待者ともきっとうまくやれるわ。
勝手に持っていってしまったのは謝るけど、ね、いいでしょう?」
ああ、そうか。思い出した。
靄のかかったようで、ぼやけて思い出せなかった昨夜の夢が、急速に色彩をおびて、フランの頭の中を埋め尽くしてゆく。
差し伸ばされた手、ハロウィン・パーティへの誘い、甘い菓子の香り、そして…。

黙ったままのフランに、焦れたリィキュが再び言葉を投げようとした時。
いつの間に現れたのだろう。道化師ロウの手が伸びてきて、招待状をすばやく取り上げると、スカーフをかぶせてふわりとひとふり、それで招待状はその場から消えてしまった。
「ちょっと、なにするのよ!はやく返して!」
「返す?フランにですか?」
能面のような白塗りの顔の、読めないはずの表情は、たしかに悪戯ぽく笑っている。
「…!もう、いいわよ!」
背負った羽根を肩ごと怒らせて、リィキュは去っていった。
その背中を、見るともなく目で追うフランに、ロウは三日月の口で囁く。
「フラン、貴方はどうしたいですか?」
「ぼくは… …」
ガラス玉のような青い瞳が揺れる。
三日月は小さく笑い声をあげると、背後の闇に消えた。


その夜、再び自室、ランプの薄明かりの下。
両の腕に抱いた箱の中をのぞきながら、フランは呟く。
「リィキュの言うとおり、彼女のほうが、華やかなパーティには似合うと思うんだ。
それとも…ふふふ、ロウは、自分が行きたかったから、招待状を隠してしまったのかな?仮装とか、大好きだものね。
ねぇ、どう思う?…ぼくは、どうすればいいのかな」
フランが指をつう、と動かすと、箱から人形が顔をのぞかせた。
そのまま浮かび上がると、首をかしげて、右腕を突き出す。
「ぼくは、どうしたいかって?君も、ロウと同じことを言うんだね。
……正直に話すとね、とても行きたいんだ、ハロウィン・パーティへ」

それを聞いた人形は、箱の奥へ、落ちるように沈んでいくと、すぐさま舞い戻った人形の腕には、消えたはずの招待状が、しっかりとかかえられていたのだった。
びっくりして目を見開いたフランは、やがて、白い頬を上気させ、笑いだした。
揺れる銀の髪を、ランプの灯が照らしていた。





Happy Halloween !!





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