オクトの夢

オクト

短編:loveless

何故泣くのか理解できない。
ただこういう時は頭を撫でてやるものだと、知っていた。

床に散らばった破片を無造作に拾い上げて引き寄せた空箱の中に落とす。ガラスと木枠が交じり合って、ガシャリと重そうな音をたてた。間に挟まっていた一枚の紙切れも一緒に箱に入れようとした時、隣で子供があっと小さな声を上げた。
「どうかしましたか、ルーク?」
振り返ると、ルークは戸惑ったような表情を見せた。既に涙は乾いているが、目の淵に擦った跡が残っている。
「あ、写真……」
「えぇ、そうですね」
にこりと微笑みを返して手を離す。指先から離れた一枚が破片の上に収まるのを、ルークはじっと見つめていた。もともと古ぼけていたセピア色の写真は、破片で傷ついて映っているものが余計に判別し難い。
ぽんと少年の肩に手を置きながら、反対の手で箱を隅に押しやる。
「だから心配などせずとも、大切なものなどここには一つも無いと言ったでしょう?」
「……うん」
ここ。自分の部屋、この屋敷、この夢…すべてにおいて。
「そもそも、あの写真は私のものではありません。前にこの家に住んでいた誰かの忘れ物です」
「え?」
「人の真似をすれば、少しは理解できるかと思ったのですが…無理でしたね」
微笑を崩さずにオクトは呟く。写真を飾り昔を懐かしむ、故人に思いを馳せる。
「失くしたものを惜しんでどうするのでしょうね」
その声音に含まれた棘にルークも気付いたようだった。ピクリと白い耳を震わせて困ったように首を傾げる。
「……ベリルのこと?」
子供は素直なもので思ったことを直ぐ口にする。
オクトはクスリと機械的に笑った。
「そうですね」
白い耳が下を向く。
そう、こんなときは。
両手を差し出すと、同じようにルークも両手を上に差し出した。伸ばされた腕の下に手をいれそっと抱き上げると、ルークはオクトの首に腕を回してぎゅっとしがみ付く。
「オクトはベリルがきらいなの?」
肩に顔を埋めるように発された声は、少し震えて耳に届いた。
「理解はできませんけれど……理解してみたいとは思っています」
だから同じ行動をしてみた。

抱きしめた部分から伝わる体温は確かに温かいと感じる。
ただそれは当たり前のことだ。

知識が感情に代わるかどうか。
代わるなら、いつか大切だと想うことを理解できるかも知れない。
欲しくもないけれど。

20110706 UP