全く身に覚えの無い疑いだ。
「何故そんなことを?俺達がその子を病気にしてメリットがあるとでも?」
「だって貴方も吸血鬼だもの」
リィンが強く言い切る。
「それは理由にならない」
「立派な理由だわ!!だって、アイツは・・・っ!!」
俺の返しに、リィンが語気を荒げる。口調の強さに反して、顔は泣きそうに歪んでいる。
「私達の村を襲った吸血鬼は、逆らった人達を病気にした・・・!!皆どんどん倒れて・・・お医者様でも治せなくて・・・!私達の父さんと母さんも・・・・・・っ」
語尾が震えた。
どうやらリィンの村を襲った吸血鬼は、かなり悪趣味な奴らしい。捕らえた獲物を直ぐには殺さず、手のひらの上で弄んで心身ともに追い詰める。
俺の嫌いなタイプだ。
潤んだ翠の瞳が俺を睨み上げ、固めた拳に胸を強く叩かれる。
「リースに・・・!リースにまで何かあったら、あんた達だって只じゃおかないんだから・・・!!!」
見下ろす俺を怯まず見返す。何ができるとも思わないが、その言葉は冗談じゃないだろう。
つくづく、たいしたもんだ。
「リィン、落ち着けよ。俺はお前等に何もしてない。リースの病気は俺じゃない」
リィンの疑うような眼差しに対して、俺は両手の平を掲げて見せる。
「言っただろ、なんでもかんでも一緒にするな。況してやそんな悪趣味な奴と。第一俺は」
「・・・リ・・・ン」
俺の言葉が終わる前に、掠れた声が呼びかけた。リィンが弾かれたように振り向く。ベッドに駆け寄り枕元に膝をつくと、伸ばされた手をしっかりと握った。
「リース、リース!あぁ、無理しないで」
リースの白かった肌は熱のために朱に染まり、吐き出される息は重い。何か言おうとしたようだが、それは声にはならなかった。風邪にしても、相当具合が悪そうだ。リィンが、村の病とやらを思い出し不安になった気持ちも分かる。
「アレックス」
フェイズが俺の名を呼んだ。
「あぁ、わかってるよ」
仕方ない。こういうのは柄じゃないんだが、今日は特別だ。
俺はリースに手を翳した。その手をリィンが掴む。
「何をするの?」
「安心しろ。完全には無理だが、風邪ぐらいの病気なら治してやれる」
「え・・・」
リィンは突然の申し出に躊躇っている様子だ。先程まで憎しみを向けていた相手だ。簡単には信じられないとは思うが・・・。
「危害を加えるつもりだったら、ここまで放っておきやしないさ。信じろ」
それでもリィンはしばらく逡巡していた。俺が静かに答えを待っていると、翠の瞳が俺の瞳に向けられた。視線を逸らさずにしっかりと見つめ返してやると、リィンはやっと、しぶしぶと言った感じで俺の手をゆっくり離した。しかし、牽制は忘れない。
「リースに酷いことしたら、絶対許さないから」
俺は苦笑して、改めてリースの額に手を伸ばす。
ところが。
リースの額に俺の手が触れるか触れないかといった時、突然、バチっと大きな音をたてて光が弾けた。同時に焼けるような痛みが俺の手に走る。
「・・・っ!?」
俺は反射的に手を引いた。
リィンが何が起こったのか理解できない様子で俺を見る。
フェイズだけが特に動じた様子もなく顎に手を添えて傍観していた。
俺は自分の手に視線を落とす。対したことはないが、手のひらが焼けている。
今のは、強い拒絶の力だった。
俺が使おうとした魔力に、何かが反発したのだ。
「な、何・・・?」
困惑顔のリィンに、フェイズがもしかして、と切り出す。
「君、さっき十字架持ってただろ?この子も持ってる?」
「・・・え?えぇ・・・私と同じものを」
「・・・だってさ、アレックス」
フェイズが苦笑しながら俺を見た。
俺は思わず呻く。
先程、リィンの持っていた十字架は、俺には効かない。何故ならあれは、清められた十字架ではないからだ。リィンにはあまり信仰心がないのだろう。だが・・・。
俺は、苦しそうに眠るリースに視線を落とす。
清める。そう言っても、何か堅苦しい儀式が必要なわけではない。
必要なのは・・・祈り。
純粋な魂が神を信じ、祈りを捧げることが、清めるということなのだ。
毎日祈りを捧げられれば、どうってことない物でも聖なる魔力を帯びる。特にそれが十字架とか聖杯とか、神聖なるシンボルならば可能性はもっと高いだろう。しかもずっと身に付けているものなれば。
「この子の方は、随分と信仰心が厚いみたいだね」
「・・・苦手なタイプだ・・・」
聖なる力は、モンスターである俺達が持つ魔力とは正反対の力だ。
だから、先ほど俺の力に対して強い反発を示したのだろう。例え十字架を外したとしても、本人が信仰心が強いなら結果はあまり変わらない。
「治せない・・・?」
リィンが不安そうに呟く。
ただの風邪だろうから、そんなに心配することはないと思うが。
「リィン、お前が間に入れ」
俺は焼けたのと反対の手をリィンに差し出す。
「間?」
「お前はどちらの力にも属していないから。お前を中継して魔力を送れば拒絶されないはずだ」
そう言うと、リィンは素直に俺の手に自分の手をのせた。俺の促すまま、もう一方の手をリースの額にそっと添える。
「ついでにお前の疲労もとってやるから、しっかり受け取れよ」
慣れない回復の魔法ではあったが、効果はそれなりにあったらしい。
手を離す頃にはリースの頬に少しだけ健康的な色が戻ってきており、呼吸も先ほどよりはずっと軽くなっている。安定した寝息が聞こえてきて、リィンがほっと安堵の息を吐いた。
「リース・・・よかった・・・」
リィンの表情に、この城に来てから初めてみる笑顔が浮かぶ。瞳からは、沢山の涙が溢れている。
俺は、ぽん、とリィンの頭を撫でた。
「・・・っ」
高い位置で纏められた茶の髪が震える。俺はその髪をそっと透いてから手を離す。
「軽くしただけだから、まだ安静にしていた方がいい。食事は部屋に運ばせる。俺たちは部屋に戻るから、リィン、お前もしっかり休め」
「待って・・・!」
部屋を出て行こうとした俺達を、リィンが呼び止めた。
「あの・・・」
振り返って見ると、気まずそうに視線を逸らす。リィンの耳が、少し赤くなっている。
「・・・有難う」
俺は久しぶりに、裏の無い微笑を他人に向けた。